2011年6月23日木曜日

肝が座っている

先生とは直接原発については対話していません。
怖いとか怖くないとかすらないように思います。
聞く気もないし、調べる気もない。

先生は全てにおいて基本スタンスとして、
「自分の力が及ばないものに関しては覚悟を決めて委ねきる」
というものです。逆に、力の及ぶ範囲のことは徹底的にやります。
その徹底ぶりは、聞いているこっちがノイローゼになってしまいそうなぐらい徹底しております。

私が移住を決めなかった要因の一つに、先生の山勘がありました。

先生の山勘は、まるで漫画か映画のように不思議なものです。
人智を越えたものを時折感じさせてくれます。
そうしたものを基本的に否定しているスタンスをとってきた私でも、
あまりにも的中しすぎて言葉もありません。

なので、理解は超えているが蔑ろに出来ないと考えています。
私が原発が心配で心配で必死に情報を集めている頃、
先生に電話で、「でも心配じゃないですか・・原発とか」と一言だけ発しました。

先生は私に
「原発?大丈夫だよ。・・・でも、覚悟だけはしておかないとね」
と、いつものスタンスです。
私は、先生の山勘は逃げろと言ってないと解釈しました。
先生の山勘は先生に限定して働くもののように感じていますが、それで少し安心しました。
何せ山勘が発動する時は、全てを捨て去ってでも行動に移される方です。

それでも万が一のことはあるから、覚悟はしておこう、というわけです。
自然はどうなるか予測は出来ない。
人生も同じ。
人の命も同じ。
予測するだけ無駄。
そういうことのようです。



6.20にお会いした時も全く平常通りの先生。
内心「肝の座り方が尋常じゃない」と唸ります。
この日も師は、
「海外からの作品依頼が多くてずっと書きっぱなしなんだよ。お陰さまでお金も綺麗さっぱり無くて、断らなくちゃいけない場合もあってね、申し訳なく思っているよ。でも無いものは仕方がないから。まぁ、マッちゃんも知っての通りいつもないけど」と笑います。そして、
「このイタリアに出すやつも今日が締切なんだけど、どうも納得がいかない。200枚ぐらい書いたんだけど駄目だね。いいのが出来ない限り出したくないんだけど、どうしても出して欲しいっていうものだから困っちゃってねぇ」

普通こういう場合、焦りと緊張で悠長に話している場合ではないはずです。
少なくとも私ならカリカリするでしょう。
「ったく、早く帰ってくんねーかなー」とか(笑)、考えてしまいます。

先生は何ら焦りも緊張もなく、ゆったりと会話をします。
筆をもつ気配もなく、書く気配もなく、時折吊り下げている作品をみては、
どうにも座り心地が悪いを顔をしているように見えます。

何かを待っているかのようです。
特に話すこともないし、何より邪魔しては悪いと思い早く出たのですが、
店頭で父君と談笑していると「お茶でものもうよ」とお隣りのお店へ。
結局この日は遅くまで外で話してました。

いやはや凄い。肝の座り方が常人ならざるものです。