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2019年5月31日金曜日

観劇:ざくろのような

 5/30thに急遽お伺いする。不思議なもので昨夜「今後はお芝居とかまた足を運ぼうかな」と夢うつつで思った矢先のお誘いだった。未だ疲れが抜けず、起きたてでもあったが、そういうこともあり気が動いた。

 座・高円寺は嘗て高円寺会館と呼ばれていた時代に舞台に立ったことがある。広告会社の新人サラリーマンの役で元気だけが取り柄の男。(笑)「自分の立ち位置あそこだった。ということはあの芝居か・・・」と舞台を見て懐かしく思い出す。観劇で来たことは無かったので、演じている感覚と舞台の広さが異なって見えた。それ以来となる。

2016年9月24日土曜日

第二十七回泰永書展を終え


風邪をひきました。(;´∀`)

これは書展疲れというのもあるのでしょうが、
寧ろ、急激に気温が下がったのに要因がありそうです。
今日はほとんど寝てました。

*


-看板-

ポスターは急遽自作。

皆さん、ご存知でした?
今年って日本とイタリアが親しくなって150年なんですって。
企画されるまで全く知らなかったんですよ。ヽ(´エ`)ノ

ベルギーと友好150周年なのはご存知の方は多いでしょうね。
何せ記念切手が日本郵便から発売さてますから。

*
2016.9.19-22 4日間
東京芸術劇場のアトリエイーストこと展示室1で開催でした。
3日目が曇りで他はほぼ土砂降りというのは初の経験。
でも全く気になりませんでした。


今年はイタリアとの国際交流展を開催。
インプルネータ芸術文化協会様より、
初代会長、現代表、会員のシルビア氏を中心に、
オーストリアのサンクトポルテン芸術協会様からも
代表のお作品を。

作品から現地の空気感。
全ての作品から精神的な豊かさというものが感じられ、
自らの国と対比し色々考えさせられました。

表現素材としての油絵には今更ながら感じります。
翻ってデジタル作品のある欠点に思いを馳せます。

連日会場に詰めている者としての最大の楽しみは、
展示作品が充実すること。
特に毎年出されている作者が多いほど
鑑賞していて楽しいもので、
「ほ~今年はこうなったか、ということは・・・」
と作家の後ろ側を勝手に読み込みます。

大切なのは観者よりの感想。
客観性を得るため耳を傾けます。
出来るだけ自然な流れで聞けるように。
あからさまに伺うと本音と違った部分が出ますので。
面白い感想が幾つも伺えました。
本人の視点とはかなりの乖離があったり、
基本的に同じでも少し目線の異なる感想をもっていたり、
狙いが直に反映されていたりと勉強になりました。
最低限の課題はクリア出来てていたようでホッとしました。




2013年4月8日月曜日

芝居鑑賞:人の声という楽器

4/6、誘われて土曜日に小劇場で芝居を見た。15年以上ぶり。
場所は千年船橋。
一瞬「え?!千葉なの?」と驚いたが、ググッみて世田谷にある小田急の駅と知る。(;・∀・)
「しんぷる」というタイトルのお芝居。
内容はライトノベルを芝居化したような印象をもつ。
私がやっていた頃とは全く異なる背景を感じた。
「これが今の時代の雰囲気か」
そんなことを感じられた。
それを感じられただけでも行ったかいがある。

当初は止めようかと思っていた。

小劇場の芝居は20代に多少なりとも観たのだが、とにかく席が狭い。ギュウギュウ。
過去の印象から来るもので観念である。
当時、何しに来ているのかわからなくなるほど疲れることも少なくなかった。
疲れすぎて観ることに集中できなくなることも。
一番酷い体験で、体育座りのまま2時間半1ミリも動けないこともあった。
あれは最早修行である。
隣の観覧者とみっちり触れ合った状態なので動けない。
全く内容が入らなかった。
椅子に座れることは当時は稀だった。
過去の記憶は行動を阻害する要因になる。
野尻はそれを観念と呼んでいる。
経験を下手弊害の一つ。
知り得てなお、別ものとして横へ置いておく必要があると言う。

若さ故、そうした状況すら醍醐味として楽しむ部分が当時にはあったがさすがに今は無理w
ましてや折しも台風クラスの雨雲が接近中。余程の用事でもない限り止めるつもりだったが、
誘ってくれた側の最近の思いの背景を受け、行くことにする。

芝居やクラシックコンサートというのは敷居が高い。

興味がない人を伴っても面白くなかったりする。
私は今となっては、美術展やクラシック・コンサート、映画や食事に至るまで一人で行く。
最初からそうすれば良かったとすら思う。
どのみち感想は個人の中で育むもの。
また、出向いていればいずれ感想を言い合う機会は得られるだろうから、あえて急がないことにする。
思い出せないことも少ないが、それはその程度の感動だったのだろうから、披露するまでもない。

小劇場での芝居は、ならでの醍醐味があるように思う。

役者が近いということ。
幸いにもここは新しい小劇場だったので、昔のようにギュウギュウにはならなかった。
端に座れたのも幸いした。椅子もある。
今はこんな感じなんだとしばし感慨に浸りつつ鑑賞。
役者が1メートル前で、演じ、声を発する。
そのエネルギーたるは凄いものだと感じる。
その照射を受け、帰りは無意識のうちハイテンションで家路につく。

人の声というのは楽器として考えた時にこれほどまでのエネルギーを発するものなんだ。

会話なら理解する必要があり意識を介在せざる終えないが、
芝居や映画は必ずしもその必要はないかもしれない。
感動があれば自ずと数度目にする。そうすれば内容はいずれ理解する。
まずはそのエネルギーを感じるだけでも鑑賞と言えそうだ。むしろ意識を介在する前に、感動を受けることが先決なのかもしれない。

整体師の親戚が以前言っていた。

「出来るだけ揉まないようにしているんだけど、
 揉まざるおえないんだよね。
 揉むこと自体は医学的効果はないよ。今の機械は性能がいいから。
 ただ、肌を接し活を注ぎ揉むことでしか得られないことも確実にある。
 でも、それをやるとこっちの活力が失われるから考えてやらないとさ、
 身体がもたないんだよね」

そう考えると、芝居で発散されるエネルギーによりこっちが元気になるのも頷ける。
特に人の声から発せられるエネルギーは凄いと感じた。
物質としての楽器にはない、生体としての楽器ならではの力が確実にある。
その力を、エネルギーを受けられた。
楽器は物質であるが故に奏者の思想背景が抽象的に感じられる点が言えるように思う。
声ははるかに直接的だ。
言葉の力、生体のもつ、音の力を感じる。
言霊とはあるのだ。

王女、良かったなー。

雰囲気が良かった。
あれは彼女が持つ人間性の現れなのだろうと思った。
それが芝居を通して感じられ、この2日ほど柔らかい気持ちになる。
芝居後のちょっとした懇親会があり声をかける。
本人は「子供役が多い」ことを気にしているように思えた。
「それはそれであなたの才能だよ。
 やりたくても出来ない人も一方では確実にいる。
 好むと好まざるとにおえず才能とはあるもだから。
 どうせあるなら活かした方が楽しくない?」と言おうとしたが、
時間切れとなった。

帰り、外は凄まじい雨。

しずしずと密に降っている感じ。
深夜には洪水警報が鳴り響いていた。
駅から徒歩20分の帰り道、全身が見事にずぶ濡れになる。
であるか。
傘をさしてなおこれほど見事なずぶ濡れは子供の時以来かもしれない。
パンツまでいった。
「これは凄い!久しぶりの感覚!!」
と自分で写メを撮り、シャワーにあたり暖める。
子供の頃に泣きながら自転車で全力疾走した日を思い出す。土砂降りだった。

日曜は室温が30度近くまで上がったが、一転今日は20度。
クシャミが出て喉が少し痛い。
濡れて風邪気味になったのはいつぐらいだろう。
この感覚も久しぶりで面白い。

こうしてブログを書く気になったのは、
彼女から得たある種の感動と、彼、彼女らの声の力がそうさせるのかも。
生命は意図せず共鳴しあっているのだろう。
先日のクラシックコンサートに続き、人の声の力が強く印象に残る。


2013年3月31日日曜日

翻訳したらこうなった: 日本の女子高校生を中心に流行っている”かめはめ波”写真 海外の反応

翻訳したらこうなった: 日本の女子高校生を中心に流行っている”かめはめ波”写真 海外の反応: 女子高校生を中心に流行っているという「かめはめ波や魔貫光殺砲のポーズ+吹っ飛ぶ友達」という構図の写真に対する海外の反応です。 コメント元「日本では今これが流行っているようだ・・」 http://imgur.com/gallery/LsgGd

(私見)

他のまとめサイトでは”魔貫光殺砲”が流行っているとか、”かめはめ波”がって書いてあって意味不明だったけど、ココの一連写真を見て得心しました。

(・∀・) 絵面が面白いからなのかな

この気持はよくわかる。なんとなく冗談で写したら、面白くてエスカレートして形になっていったんじゃなかろうか。そんなことを思いました。そしてある日突然飽きる時が来る。この、ある種の型、パターンになっていく過程が面白いなあ。

今は携帯ですぐ写せるし、それを出せばネットですぐに反応がある。写した方も楽しいだろうし、それが即伝搬するから、更に面白くなる。そして飽和状態が来て一気に萎む。こうした環境下であれば流行り廃りのサイクルは速くなる。わ~っと食べ荒らして食べこぼして去っていく感じ。育む時間は当然短い。微細さにへ目が向けられなくなり表面上の変化だけに視点をおくようになるのも頷ける。

(・∀・) それにしても楽しそうですねぇ。

更に面白いのは、吹っ飛んでいる人に対して、発射している側がいかにもポーズをしてますって感じ。これは一見すると絵面が弱くなるから残念に感じるのだけれども、その実むしろ発射している側の方が精神的背景や機微が伝わってきて鑑賞になる。本気で演じだすと、絵面は決まってくるけど、精神的機微が失われるため観念的表情になり、面白みがなくなるという。その辺りが伺える。高い次元でまとめながらも精神的機微を失わず作品をまとめあげるというのは本当に難しいんですね・・・。まずは、じっくりと自由に楽しむことを中心に据え、それと並行して機微とは関係なく無機質に技術を導入していく。なるほど、なるほど・・・

(;・∀・) おーっと!遊びの写真にすらそんなことを感じるようになってしまった。職業病です。

2012年7月12日木曜日

本名カズト:フリーフローランチLive

本名カズトさんのライブに行って参りました。
いやー!やっぱりライブは良い!!やっぱり生はいいですね。ベースやドラムの低音そして声の波動が表現となって、肉体で音を感じます。これはCDには出来ないですからねぇ。


思えば本名さんとは長いお付き合い。人生とはわからないものです。今ではお父上は我が師のお弟子さんですからね!人生とは奇なり。オフィシャルもやりだして今年で10年だそうで、本名さんに言われて気づきました。今回はライブ情報をアップをする時に感じるものがあり、この日は行けるようにと考えておりました。最近はとにかく自分の感性を優先させ理屈は考えないように訓練しております。

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