2010年1月28日木曜日

伝達手段に過ぎないネット

twitterで鳩山首相のフォローをさせてもらっている。
首相のフォローをしている方が現時点で約23万3千人。
たった23万人だ。驚きに値する。
230万人の間違いかと思い、覚えたての数字を数える子供のように「ちゅうちゅうたこかいな」と桁を数えてしまった。
間違いない23万人だ。
その程度なのだ。日本ユーザーの何割だろうか?と気になる。
現在の日本政府のサジ加減は我々国民にとって死活問題のレベルにまで遂に来た。
自民党の傲慢、強欲の成れの果てだろう。
これはつまり自民党を野放しにしてきた我々の責任でもある。
粛々とその責任を負わなければ結局は同じ穴の狢に過ぎない。

「ネットで世界は変わらないだろう」
以前取引先の社長と議論させてもらった時に社長から出た率直な一言だった。
以前は社長も熱を帯びていた。私は正直疑問があり、しばしば議論させて頂いた。
その社長がガッカリしたかのようにそう言った。
疑問のあった私ですらココまで盛り上がらないものなのかと驚いている。
結果的に変わらないにしろ、もう少しウネリはあると思っていた。

インターネットが登場し、賑わってきた頃はこれで何かが大きく動くような空気があった。しかし、実際はどうだろうか。
小さな変革は各所で起きているが、都道府県や地域や、ましてや国や世界を動かすようなムーブメントにまで至った事例はとんと記憶にない。大問題である六ヶ所村原発の問題にしても、ある程度の動きにはなったが、大きなうねりにはいたっていない。現在、とどめにTVメディアが連続的に働きかけることで大きなうねりを生むキッカケになる場合がほとんどのように思う。ネットは単に伝達手段の一つに収まりつつある。
つまり、語りべ→新聞→電話→Fax→メール→=インターネット(メール、ブログ、IP電話、twitterなどなど)なのだ。それは単なる伝達手段の多様化に過ぎない。より多くの人がシームレスに伝達できる可能性があるというに過ぎない。

最後の決定打になるのは今も昔も時代の空気が大きい。
日本が嘗て戦争にひた走ったように、止められない熱を帯びたとき、よかれ悪かれ大きく動く。
その動きは止められない。
熱病のようなものだ。
理論的に説明しても、そういう時は誰一人耳をかさない。

人間は本質的には何も変わってないのだ。
最後の最後では頭では動かない。心で動く。理屈ではない。
どんなに道具が発達しようが、最後には会って話さないと熱は発生しない。
言語や文化の差異は何一つ埋まらない。