2010年2月3日水曜日

急速に変化するメディアのあり方

先日ソフトバンクがUSTREAM社の筆頭株主になると、
同USTREAM(生放送動画サイト)とtwitterを使い同時生放送を行った。
詳しくは、省く。

孫氏のダイナミックな戦略にはいつもながら驚く。
発想が私のような凡人とは根本が違うのだろう。
そこにはおよそ計画とは言いがたい、山師のような何かが作用しているのだと思えてならない。

本音を言えば私はこの会社は好きではない。
理由は、この会社がやってきた様々なプランには一定の隠したる悪意を感じるからだ。
行き過ぎて省庁より指導を受けたのは記憶に新しい。
が、氏の発想や行動力には素直に感嘆の声を上げる。
USTREAMとYouTubeとの違いを簡単に説明すると、
生放送か録画かの違いのようなものだ。(YouTubeのように投稿もできる)
ニコニコ動画をやっている方は、「あー、ニコ生の大規模版ね」と理解が早い。
誰もが放送の発信者になれる。しかも生で。これが凄い。
些細な機材があれば、即生放送がいつでも可能となる。
このことの意味する大いなる危険性は後々においておくとして昨夜ある番組が生放送された。

その番組で民主党の原口大臣とジャーナリストの上杉隆氏が1時間に渡って対談。
その放送を視聴者がダイレクトにtwitterで感想を述べ続ける。 実験的な意味もこめられての放送のようだ。
今後Skypeとの連携なども考えられるだろう。
USTREAMなどの存在は、メディアのあり方を大きく変化させるに足る事件だ。
現代のマスメディアは私のような一俗人から見てさえ、死に体と言える。
なんら柔軟性もなく、それを打破しようという意思すら失ってしまった。
1月はTVを合計3時間ぐらいしかみていない。3時間のうち2時間は映画である。
TVに限った話ではない。
発信することで利益をえている業者は大転換期を迎えるだろう。

今のTVはとりわけ悪意すら感じる偏った報道をする。
しかも、その後どうなったかのフォローは一切がない。
これは非常にフラストレーションとなった。
誤った放送も何もかもが垂れ流しで、しかも問題に発展すればトカゲの尻尾キリよろしく担当者を切り落とし。
それで禊が済んだと勘違いしちる。見ていて憤りしか感じない。
最早はTVという洗脳マシンは、娯楽や情報源ではなくストレス発生源でしかなくなりつつある。

放送で視聴者の中には、
「TVは死んだ」
「TVなんていらない」
「地方TVとか全部こうなれば?」
「ラジオもこうなればいい」
「ていうか、そうなったらラジオいらなくね?」
というような色々な意見が飛び交った。

私はマスは必要だと思う。
今のマスには意思がないのが問題であって、意思があってもその意思が問題であるだけだ。
なんでもかんでも自由であるというのは恐ろしい。
自由は混乱を生み、熱病を生み、嵐となって往々にして思考を停止させる。
それは全く過去戦争にひた走った日本そのものの姿である。
多すぎる情報は、全く情報が無いに等しい状況を生むからだ。
それ故にマスの良心とでも言える意思は下支えにならねばならないのだが・・・
過去においてそれが機能したことはあったのだろうか?結局は権力に迎合し、熱病を散布する手助けしかしない。
マスが現状この有様であるうちは確実にこうした新たなメディアは機能すると思う。

ただ問題は「視線の時間」だ。
視線の時間は限られている。
師匠に言わせれば、それすら片腹痛い話だあるとのことだ。
「自分という素地ができてなければ、なんであれ無駄なことだよ」と語る。