2011年5月18日水曜日

アルバム

私はアルバムをなんとはなしに見ることがあります。母と似てます。
どうやら、ストレスとか、迷いとか、今に対して抵抗がある時にこうした行動を挟むような気がします。
見たからといって何も変わらないのですが、とりあえず下手なもの見るより読むより面白いんです。

アルバムに映る自分は他人そのものです。大いに客観性が得られます。
特に私は体系的変化が多かったので、手を叩いて笑ってしまいます。
最近の自分の写真をみても自分だとは思えません。
時折鏡にうつる自分をみて驚くことがあります。チンパンジー並の認識力かもしれません。
でも、やっぱり顔ですね。一番面白いのは。年齢、内的外的充実度なんか完璧に出ています。面白いです。それぞれの時代に、それぞれの味がありますね。生きているというのは凄いことです。やはり生きていること自体がダイナミックな表現になっていますね。

今が充実しているとまずアルバムなんて見ないんですけどね。
老後の楽しみにアルバムは作っておくことをオススメします。(笑)
アルバムを作るのはかなりの労力なので、後でやろうと思ったらまず無理です。逆に今から過去にさかのぼって整理するのはストレスにもなるので、今からの分を整理するにとどめたほうがいいように思います。過剰な整理もストレスです。時系列に淡々と並べるのがベスト。

最近多いデータでとっておく人。勿体無い。人間は出来るだけ五感で味わったほうがダイナミックに楽しめます。データで楽しめるのは目だけです。

私の母はまるで女優のように写真に撮られるのが上手です。並のプロよりプロです。
ただ、それ故にどれを見ても全く面白くはありません。構え慣れしているせいで10年前と10年後に年齢の差こそアレ、伝わってくるものが同じだからです。一時は、わざと油断している顔を撮影したりしたものですが、烈火のごとく怒るので今はやめてます。母のポリシーを尊重してます。

写され方もその人の個性が総合的に出るものですね。好き嫌いはあっても、良い悪いではないなぁと思います。そして、写真は真実をうつすのではなく、事実の側面を、写す側のフィルターを通して切り取るものだということがよくわかります。いやはや、私の変化は凄いなぁ・・笑う。