2011年8月14日日曜日

クラウド化

メインのメールアドレスがようやくクラウド化完了したよう。
案内が来なかったので気づきませんでしたが春頃に確認した時はまだでした。
最近はこうした案内のない、もしくは事後報告のサービスが多いと思う。
情報を取り扱うのは最初だけで、後続は無視されてしまう。

自らとりにいかない人には本来得られるべき情報すら伝わらないことも多くなった。
なんだか時代が逆流しているような錯覚を覚える。不便になった。
10年前であれば、こうしたことは郵送で確実に個人に伝えられた。

そもそもメールのクラウド化は昨年8月に完了している筈だった。
開始早々トラブルが続き、一ヶ月後ぐらいに正式実施されたが、それは一部だけ。
私が入っているプロバイダーは対象外となり、予定のない順次導入の枠に押し込まれる。
ソレ以後、なんら経過報告もなくいつの間にか開通している。



一年近くが経過した。
合併吸収を繰り返して大きくなった会社なので、古いシステム等との兼ね合いもありかなり大変だったのだろう。事実、対象サーバーをスクロールするだけでも「こりゃ大変だ」と思う数がずらっと並んでいる。

分裂増殖を繰り返すものは、情報も、技術もある程度蓄積した段階でリセットする必要があるように思う。
永遠に蓄積できるものはないように感じた。
整理されない情報や技術は結局埋もれるだけと再確認した。
そして逆に「埋もれるものを整理する必要もないのでは?」とも。
埋もれるものは重要ではないから埋もれる。
埋もれるままにすればいい。
どこかで聞いた?
あ、野尻先生の言葉だった。
「整理は無意味だ。不要なものは無意識に取捨選択され埋もれる。捨てればいい。
不要なのにいつまでも捨てないのがいけない」と言った。
仕事であれば、新しい技術を導入した段階で一切合切を切り捨てて、そこから始め直す必要があるのだろう。更に先生はこう続けた。

「私は同じDVDを何度も借りることがある。すると親父が、
”いっそ買ったらどうだい?”と言う。商売人の発想だ。
確かに借りるお金で何枚か買えたかもしれない。
でも、それは結果からの発想だ。未来思考だよ。
手元に置いておくほどの価値はないから借りた。
でも、何度か見ているうちに価値が上がってくることもある。
結果、何度も借りることになる。
それでも手元に置いておくほど価値ではないから借りる。
それでいい。」

我ながらなかなか捨てられない。