2011年9月3日土曜日

武田邦彦:(ブログ主超推薦)これからの話(7) 40歳を過ぎた男性の役割

これからの話(7) 40歳を過ぎた男性の役割
http://takedanet.com/2011/09/40_e7a0.html
(全文引用)
かつて男性が「田の力」として筋肉労働をしていた時代、40過ぎた親父のもっとも大切な仕事は、「稼ぎ」ではなく「息子のために仕事を残す」ということだった。

農夫は田畑(でんぱた)を残し、漁師は船を残し、鍛冶屋は道具を残した。人の一生は一代で終わるわけではない。母親は娘に、父は子に命、生活、伝統、文化を引き継ぐ。生物に置いては「継続が命」であり、自分のことはともかく次の世代につながることが重んじられる。

日本人の平均寿命が伸びたので、昔の40歳は今の50歳だが、今の親父は「子孫の継続」に対して覚悟ができていないようにも見える。

息子が小さい頃、「お父さん、勉強するのってイヤだよ。どうして勉強しなければならないの?」と聞かれて、「将来、立派な社会人になるために勉強しておいた方が良いぞ」と言ったお父さん。息子にそうは言ったものの、実は仕事を残しておかなかった。

子供は仕事を作れない。子供の仕事を作るのは親の役割なのだ。子供はやむを得ずニートになる。ニートで立派な社会人になるのは難しい。

・・・・・・

赤字国債、エコポイント、子育て資金、補助金、自然エネルギー買い取り制度・・・いずれも「他人のお金を恵んで貰う乞食養成システム」である。今、豊かな生活をするために「環境」とか「福祉」という耳障りのよい言葉を使って、結局は「子供につけを回す」ことだけをしているように見える。

環境でも福祉でも、自分ができることをやり、その範囲にとどめるべきだ。ましてリサイクルや温暖化騒動のように、本来はなにも問題が無いのに、一部の人(約1万人)に税金が流れる(一人1億円程度)システムを作り上げることをもう止めにしなければならないだろう。

そして子供には職業を用意し、その上で「貧乏は恥ずかしくない。額に汗して働けばそれでよい」と教えることだ。

(私見)

これだ!これなんですよ!!
勿論これは子供の頃からの話だと思います。
技術を継承し、道具を伝え、場を残す等、色々な方法や手段があると思います。
問題はココから、
「選ぶのは子供」ということです。
その上で、子供は「僕は違う」「私はそうじゃない」と判断を下すかもしれません。
用意をし、お膳立てをしても、尚自分の道を進みたいと思う場合はその道を進ませて上げればいい。
教えたことはけして無駄にならない!!肥やしになる。後ろ盾になる。
にもかかわらず、

戦中戦後世代以降の親たちはココが違う。
「許さん」
となってしまう。
「クソガキごときに何がわかるか」「やれ」「社会はそんなに甘くない」
そして不幸な軋轢が生まれてしまう。

そして一旦は自分の道を進んだものの、
打ち破れて戻ってくることがあるかもしれない。
今更というタイミングで「継ぎたい」と言うかもしれない。
それを可能な範囲で受け入れてあげる。
それが親の役割じゃないのでしょうか。

ところが、だいたい「人格否定」「人生否定」「不遜な対応」で反撃です。
それでも受け入れてくれればまだいいですが、大抵はその上で野ざらし。
残酷なものです。
道は示さなければわからないものです。
一度通ってみれば応用もききます。

私が親になったそのように子供には向かいたいと強く思いました。
貧乏自体は一面の結果であって恥ずかしいことではない!!
師匠を見ていると本当にそう思います。

以前も書きましたが、
タクシーで帝国ホテルへ行き、コーヒーを飲んで、いざ帰ろうとすると金がない。
「歩いてかえるよ」と師匠。
何事もなかったように笑顔で颯爽と歩くその姿のなんとカッコイイことか。