2011年7月3日日曜日

EX-SKF-JP:フランスのNGO、CRIIRAD日本調査団の暫定報告書日本語訳(パート2)※重要

フランスのNGO、CRIIRAD日本調査団の暫定報告書日本語訳(パート2)
http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/07/ngocriirad.html
(引用)
CRIIRADの今回の訪日の目的は、放射線に対する市民の理解を高めることにより、避難や除染や十分な補償について政府や東電とより有利な交渉ができるようにすることである。[「測定器47台プロジェクト」[放射線量計計測データの集計および公表を行なっている全国の有志による団体]47プロジェクトとCRIIRADが、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」などのNGOと協力して様々なワークショップや講演、記者会見を開催したのはそのためだ。(中略)

担当者にもうひとつ尋ねたのは、放射性ヨウ素が新たに大放出される場合に備えてせめて安定ヨウ素剤を住民や学校に配布したのかどうか、である。そうしておけば、汚染が通告されたら住民はすぐにヨウ素剤を飲むことができる。県の担当者は、その種の決定は国が下すものなので、そのような計画はない、と答えた。 
さらに担当者は、原発からの放射性ヨウ素で被曝するよりも、安定ヨウ素剤の副作用のほうがはるかに深刻だと言ったが、その情報をどこから得たのかは語らなかった。CRIIRADはそれに対し、チェルノブイリの事故を受けてポーランド政府は国民に安定ヨウ素剤を配布したが、大きな副作用は確認されていない、と伝えた。 
(4)CHIRIIRADから日本国民の皆さんへのお詫び
チェルノブイリ原発の事故から25年、原子力発電を行なう国家と電力会社は、原発事故の影響を低減させるために様々な手を尽くして迅速に対応できるようになっているのだろう、と普通は思う。しかし福島第1原発の事故で明らかなように、日本のような近代国家であってもそうはなっていない。事故が起きて汚染が広域に拡大すると、政府には自国の国民の安全を確保する能力もない。
住民は次のようなきわめて難しい二者択一を迫られる。 
1. 政府から「許容レベル」と宣言された汚染地域に留まる
2. 受けた被害や転居の費用や新しい仕事に対する十分な補償も得られないまま、汚染のない(または少ない)地域に逃れる 
また、CRIIRADはフランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)の姿勢について日本国民の皆さんにお詫びしたい。IRSNは3月17日に発表した試算の中で、福島原発[?]の近くに住む子供の被曝量は50ミリシーベルト未満に留まると述べた。50ミリシーベルトは、日本で一時避難を勧告する基準値である。幸い、日本政府は半径20km圏内の住民の避難を決めた。けっして十分とはいえないものの、少なくとも一部の住民の安全を守ることはできた。IRSNは国の機関であるが、フランスでも原発事故が起きた場合に住民の健康保護にかかわる判断をここに任せていいのかどうか、CRIIRADは強い懸念を抱いている。
北海道がんセンター西尾正道 『福島原発事故における被ばく対策の問題-現況を憂う』
http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/07/blog-post.html


 (私見)

世界大戦を思い、子供の頃からモヤモヤしていた疑問がハッキリした思いです。
こうした未曾有の事態において政府は国民を守らないということです。
実は守らないならまだ可愛いほうで、
法律を余裕で無視し、
それどころか自ら積極的にデマを流し、
その上で国民を人柱にしている。
それが今の日本だと思います。

ヨウ素剤が提供されていない場所が多いばかりか
提供しても服用すらさせなかった日本。
村独自判断で飲ませたところがあったが、
政府や県は服用を促すどころか、その村長を非難した。

独自判断で海水を注入し続けた所長を非難した東電幹部。
どう考えても注入を続けた所長の方が正しい。

「東電を信用できない」
「メルトダウンしているかもしれない」と言った
原子力保安院は即刻更迭され、
やはり事実だったのに戻されない。

まるで逆の価値観を政府やトップは下し続けている。

そこでこのNGOはハッキリと言ってくれた。
国内からこうした論議が出ず、海外から聞くことになるのは本当に恥ずべきことだが、
CRIIRADには心より感謝したい。

守られない中で、二つの選択を迫られる。
・将来に渡り身体に過大なるリスクを背負い残るか。
・なんら補償もない中で逃げるか。
自分で考えるしかないのだ。

これは余りにも辛い選択だ。
シンプルに考えると、
・肉体的リスクを背負うか、
・お金の苦労を背負うか、
の選択でもあるように思う。
私は両方経験があるのでシミジミわかる。
どちらも辛いことだ。

お金がないのは本当に辛い。
お店でグラムあたりどっちがお得かを必死に計算してみたり、
「しまった!あっちが5円安かった」と思う自分がいたり辛いものだ。

でも私は肉体的リスクを避ける方を選ぶ。

性格的なものもあるだろう。
無い中でやりくりするのにそれほど精神的な苦痛は感じ無い方に思う。
無いものは無い。無い袖は振れない。

むしろ物心ついた頃よりアトピーであり、事故も経験した私は、
今も思うが、世の中には底知れぬ苦痛のオンパレードがこれでもかとある。
慣れることは一度たりともなかった。
いつも新鮮な苦痛が這い回る。
「肉を脱いで骨になりたい」とか
「ターミネーターになりたい。彼らは肉を脱げる」と思ったり、
銀河鉄道999を思い、「メーテルよ俺を機械の星へ連れっていってくれ」とか、
「テツロウ、俺とかわれ」とか、
攻殻機動隊の漫画を読み、「少佐はいい。俺も義体なりたい」とか、
「生まれてくる時代が早すぎたか」と思ったりしたものです。

ただ、
逃げるにしても、
留まるにしても、
仲間は必要だと思いました。
助け合えるからです。
一人は本当に辛い。
一人では人は到底生きてはいけないものです。
中国人のようなコミュニティ単位で活動する術を日本人はまたもつ必要があるかもしれません。
元々もっていた能力ですから。アメリカに毒されすっかり使わなくなった能力です。