2011年8月21日日曜日

農家の婿のブログ:ふくしま新発売。笑わせるな (推薦)

もし今日一日、何か一つしか読む力がないのなら、
このブログを読んで欲しいと強く願います。     


2011-08-20 23:34:01
ふくしま新発売。笑わせるな
http://ameblo.jp/noukanomuko/entry-10992569626.html

(引用)

もう一度言わせて欲しい
やるべき順序が絶望的なまでに間違っている

日本人はそんなに薄情じゃない
必死に除染してる間はきっと支援してくれる
苦しみを分かち合おうとしてくれる。

それを大変だからとか、おかねがかかるからとかいう理由で
ろくに除染をしようともせずに、安心だ安全だ、買わないのは風評被害だ
そんなふうに消費者のせいにするからどうしようもないことになる

世間は冷たいわけじゃない。
僕たちを見捨てはじめたわけじゃない
彼らは不誠実な僕らに愛想を尽かしはじめただけだ。なぜそれがわからない
だから必死に除染して、その姿を見せて
誠実な対応をして
無くした信用を再度少しずつ重ねることが何よりの近道だ
というより、それしか道は無い 
特に食品系なんて、一回のズルであの雪印が潰れる世界なんだぞ
後出しじゃんけんを繰り返して乗り切れるような甘い世界じゃないんだ

この前だって汚染ワラを食べていない牛から基準値越えのセシウムが出たじゃないか
牛の生活を知っていたらそんなことは容易に想像できる。
過小評価して何とか出荷しようという目先の利益優先の行き当たりばったりな対応が
消費者に見透かされているんだ

もうとっくに具体的に動く時期に来ている
まずは徹底的な調査をするべきだ
最低でも田畑一枚一か所
コスト的に無理とか、資源的に無理とかじゃない
やるしかないんだ
新聞を見る限り今年のうちの補償は去年の売り上げから経費を引いた額の5割だ
被害者である個別の農家が、損害の一部を負担させられている
それも所得の5割分も

南に数km行けば補償はゼロだ
来年は作らせる気満々だ。
多くの農家はこれに逆らえない。作るしかない。
きっと来年は補償なんてない
売れなきゃ負担は農家に、責任は消費者に
これが僕たちの現実だ
行政やJAが、消費者や農家にこれだけの負担を強いて
守られるものというのは一体何なんだ?
お偉いさんのポケットっていうのはそんなに大きくできてるのか?
福島はあんたらの金儲けの道具じゃないんだ 
(私見)

本当に仰る通りです。
科学的根拠というのはあってないようなものだと思います。
なぜなら人間は完璧ではありません。
ミクロ的視野で無害であっても、マクロ的視野で有害であれば、
それはまごう事無き有害だからです。
だから、毎年のように無害が有害になり、有害が無害になったりする発表がなされます。
人間のすることだから仕方がありません。
しかし、そこ一点にだけ考えると、人は思考停止をしてしまいます。
それが現実には停止してはいない。
それは何故か。
彼の仰るように”信用”なんだと思います。

今の円高がまさにそうです。

お世辞にも今の日本は到底誇れる国ではありません。
過去類を見ないほど最悪の国です。
恥です。
政府関係者は感覚的には90%がた人であることを捨ててしまいました。
あるモノは強欲の果てにミュータント化してしまい、
エコノミックアニマルというミュータントになってしまったでしょう。
あるモノは悪魔に魂を売り、
死神の手先となり他人の命を刈り取る手伝いに生きがいを見出している。
にも関わらず比類なき円高になっています。

これは非理論的です。

信用なのだと思います。
世界の人々は過去長いことをみてきて、
やっぱりアメリカのやることはもうどうにも信じられない。
戦争に関してはとっくの昔に信用を失っていましたが、
経済だけは信用できると思っていた。
しかし、その経済すらもリーマン・ショックと、その後の処理をみて信用出来ない。
それが世界の経済人の結論だと思います。

今のアメリカは日本を遥かに下回る信頼ということになります。

この震災で壊滅的なダメージを受け、
原発人災で死滅的な崩壊が進行している日本よりも!
遥かに凌駕するほど”信頼”がない。
ということなのだと思います。

これが彼も言う”信頼”なのだと思います。
昨日今日のものではありません。
長い時を経て、
してきたこと、
そしてその結果をみての”烙印”です。
この烙印は10年や20年ではとれないでしょう。

逆に日本は、
政治家はともかく企業や団体や個々人が戦後66年かけて誠実にやってきた成果です。
そして、その信用を失うか高めるかはこれからの日本人の行動如何にかかっているように思います。
残念ながら規制値ごえの茶葉を出荷したりとか徐々に日本人の信頼を揺らぐ行動が散見されています。でも、今ならまだ間に合います。

失った信頼と、
押された烙印は、
早々なことでは回復しないでしょう。
今ならまだ間に合うと思います。
逆に、これ以上は間に合わないかもしれません。
その瀬戸際に立たされていることを肌で感じます。

人は一人では生きてはいけません。