2011年9月16日金曜日

現代ビジネス:当事者が初めて語った「放射能失言」の裏側!鉢呂経産大臣は原発村を揺るがす 「原発エネルギー政策見直し人事」 の発表寸前だった


当事者が初めて語った「放射能失言」の裏側!鉢呂経産大臣は原発村を揺るがす
「原発エネルギー政策見直し人事」の発表寸前だった
2011年09月14日(水) 長谷川 幸洋
(引用)

 -朝日の検証記事によれば「放射能をうつしてやる」発言の第一報はフジテレビだったとされている。フジの記者は懇談の場にいたか。 
フジテレビはいなかった。フジの記者は○○さん(実名)という女性なので、それは、あの場にいれば分かります」。
フジは「放射能を分けてやるよ、などと話している姿が目撃されている」と伝聞情報として第一報を伝えている。鉢呂の話でも、フジの記者は現場にいなかったという。ここは大事なポイントである。 
「はっきり言えるのは、私が防災服を記者になすりつけるような仕草をしたことはないっていう点です。一歩くらい記者に近づいたことはあったかもしれないが、なすりつけるようなことはしていない。そんなことがあれば覚えています」 
「私は最初から強い意思で臨んでいた。私は報告書の内容が必ずしも一本にならず、賛成と反対の両論が記載されてもいいと思っていた。最終的にはエネルギー・環境会議で決めるのだから、役所の報告が両論併記になってもいいでしょう。私のリストは後任の枝野幸男大臣に引き継いだ。後は枝野大臣がどう選んでくれるかだと思う。」
この話を聞いて、私は「これで鉢呂が虎の尾を踏んだ可能性がある」と思った。鉢呂は大臣レベルの会議が物事を決めると考えている。ところが、官僚にとって重要なのは法律に基づく設置根拠がある調査会のほうなのだ。
経産省は鉢呂が原発エネルギー政策を中立的な立場から見直す考えでいることを承知していた。具体的に調査会の人選もやり直して、発表寸前だった。そういう大臣が失言で失脚するなら当然、歓迎しただろう。 

 -福島では「鉢呂さんは子供の被曝問題でしっかり仕事をしてくれていた」という声もある。 
「それは年間1ミリシーベルトの問題ですね。8月24日に私は福島に行って除染の話を聞いた。『政府は2年間で汚染を6割減らす』などという話が報じられていたが、汚染は割合の話ではない。あくまで絶対値の話だ。しかも1ミリシーベルトは学校を想定していたが、子供は学校だけにいるわけではなく通学路も家庭もある。そこで私は菅総理と細野大臣に電話して、子供の生活全体を考えて絶対値で1ミリシーベルトにしてくれと頼んだ
「すると菅総理も細野大臣も賛同してくれて、2日後の26日に絶対値で1ミリシーベルト以下にする話が決まった。良かったと思う」 
 -辞任記者会見では「何を言って不信の念を抱かせたか説明しろって言ってんだよ!」と暴言を吐いた記者もいた。あの質問をどう思ったか。 
「その記者と部長さんが先程、私の事務所に謝罪に来ました。私はなんとも思っていません。部長さんにも部下を責める必要はないと言いました。まあ、仕事ですからね」

当事者が初めて語った「放射能失言」の裏側!VOL.2「鉢呂大臣の懇談に記者は出席していなかったが、取材現場にいた」というフジテレビの言い分
2011年09月16日(金) 長谷川 幸洋
 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/19851
(引用)
 現場は議員宿舎のエントランスである。複数の議員や取材記者が頻繁に出入りしている。そういう場での懇談(=いわゆる囲み取材)だった。その懇談に「出席していた」という記述は間違いで、「取材現場にいた」という表現が正しいというのである。 
私は「記者から直接、話を聞きたい」という取材申し入れを、最初と2時間後の2回にわたって電話で求めたが「記者に対する直接取材は受けられない」と結局、断られた。残念である。


(私見)

囲い込み取材とはオフレコであると認識している。
暗黙の了解で記事にしてはいけない内容である。どんな悪辣な世界にもルールはある。
そのオフレコを記事にし、挙句に「聞いたとされる」(本人は言っていないと語る)件の取材を「聞いたとされる」記者に申し込むと断る。フジとはどういう会社なのだろうか?明らかに面妖に思う。

飛躍し、邪推すると、これが所謂工作員の所業だろうか。
上杉隆氏の記事を読んでいると、とにかく記者クラブの面々はお金の糸で繋がっている。
官房機密費で操られていると考えるのが妥当に思う。
上杉隆氏によると、報道関係者で公的に否定した人は数人のようで、私の覚えているところで久米宏さんぐらいしか覚えていない。勿論、当の本人である上杉隆氏は持ちかけられたが受け取らなかったと明言する。
そうした悪しき慣習を敷いてきた自民党の工作員と内通している官僚から放たれたのだろうか。
何にしても恐ろしい話だ。
国民はTVや新聞のみでニュースを判断するのは最早危険といえる。
何と恐ろしい国だろうか。