2013年5月2日木曜日

現代ビジネス:対談 堀潤 × 津田大介 【第2回】 原発事故という「緊急時」に、NHKは「平時」のルールを適用してしまった

2013年05月01日(水)  対談 堀潤 × 津田大介 【第2回】 原発事故という「緊急時」に、NHKは「平時」のルールを適用してしまった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35662
(一部引用)

津田 堀さんの卒論は、ナチスのプロパガンダと戦時下のNHKのプロパガンダを比較するという内容だそうですが、これは要するに、NHKのかつての体制を批判しているわけですよね。面接で「こんな卒論を書いた人間です」と言って採用されたわけですが、面接官は卒論の内容について何か聞いてきたんですか? 
 僕はNHKを受けるとき、ある意味で「確信犯」として、卒論での主張を一つの武器にしようと思いました。面接でも「新聞メディアは社説を通じて『自分たちの戦時下の報道について反省を表明し、ああいうことは絶対に繰り返さない』と述べたけれども、NHKは『旧逓信省の管轄下においては致し方ない報道だった』と言っただけで、要は『あの国家体制に組み込まれていたのだから仕方がなかった』というスタンスを取った。これはきちんと検証しないといけないと思う」と主張したんです。 
津田 それは思い切ったことを言いましたね。 
「仕方がなかった」という姿勢は改めなければならない。さもないと、今でもテレビが何か問題を起こしたとき、「すみません、そんなつもりはなかったんですけど」みたいに曖昧にして話を終わらせようとするやり方は変わらない---。そんなことを面接でも話しましたね。
津田 NHKのプロパガンダの責任論の話って、原発事故に敷衍すると、「原発は国策でやっていたので、原子力保安院のガバナンスも効いておらず、検査がゆるゆるなのも仕方なかったんです」と言って、東電と保安院が責任逃れをするようなものですね。

(私見)

「仕方がなかった」という言葉を言えてしまう時点で実は本質的に受け止めていないという気がします。それを言いたくとも黙って聞き、自分なりに消化しない限り結局は繰り返してしまう。

師ともそんな話たことがありますが、「それは 逃げ でしかない」と言ってました。それを聞いた時に偉く胸が痛かったことを思い出します。「反論する間は反省がない。真に反省していればどんな見当違いな意見だろうが聞けるはずだ」と。

父は特定のニュースに対して過剰反応し汚い言葉を吐き捨てるのですが、それは周囲からすると得体のしれない憎悪でありストレスなんですね。いい加減大人になってその繰り返しが腹に据えかねたので、それを父に言ったら「お前は何も知らない癖に!」と怒鳴ってきたので、「じゃーなぜそうなったか教えてよ」となり、「言ってもわかるか!?」と言い出したんです。それで頭に来て言論バトルになました。結局は自らを恥じ入る気持ちが強いからこそ、その内なるストレスから逃れようとして憎悪が外へ出るのだなという内容でした。結局は消化していない。消化する方に視点を置けないが故なんだなと、父の姿を見て自らの後ろ姿も見ました。父と関係がよくなったのはそれがキッカケでした。