2010年4月25日日曜日

写される

「なんで写真とるの?」
師匠は不機嫌そうに言った。
野尻泰煌展1を終え、その後も続く作品制作のお手伝いにはせ参じた何回目かの時だ。
10年ちかく前のことである。
返事に一瞬つまったが、ポッと浮かんだ本音を言った。
頭で考えた答えや、定形通りの返事を言っても一瞬で見抜かれるし、それを嫌うからだ。
「撮りたいからです」
一瞬間をおいて、「そうかい・・・」とだけ返事がかえってきた。
そしてまた書き始める。
明らかに不機嫌そうだったが拒否しない。意外だった。
シャッターをきった時の顔を見ただけで、撮られるのが嫌なタイプの人だなとは思った。
本来ならそういう人にカメラは向けないが、不思議な使命感を感じていた。とはいえ・・
「書く邪魔になるなら止めます」
と返事すると。
「そんなことで邪魔にはならないよ。ただ、なんで撮るのかなと思ってね」
明らかに嫌いな筈なのに、嫌だとは答えない。「なぜだろう?」そう思いながら、拒否しないなら撮ろうとアシストの邪魔にならない範囲でシャッターをその後もきった。

時は流れお互い裏表なく語り尽くした後、やはり撮られるのは嫌いだと知った。
しかも、相当に嫌らしい。ある日、書道展のチラシに師匠を掲載し、出稿前のテストプリントを見せた。
「なんでこんなのが必要なんだ。こんな書道展のチラシは見たことがない。やめてくれ!」
と露骨に拒否の意思を示された。
「なんでも自由にやってくれと仰られたじゃないですか。それは嘘なんですか!」
「嘘じゃない。自由にやってもらっていい。でも、なんで僕の写真なんだ」
「その方が集客の効果が期待できるからです。会のためになるからです」
「僕の写真じゃなくてもいいじゃないか」
「先生だからいんです。先生は絵になるから訴求効果が少なからずある」
「チラシなんかじゃ何も変わらない!チラシはいらないよ」
「でも、自由にしていいんですよね?」
「それはいいけど」
「じゃー自由にします」
それ以来、チラシは印刷が上がるまで見せることは無くなった。
それでもその後「止めろ」とは言わないことに不思議な感動をおぼえていた。

いつか写される日が来る。好き嫌いを問わず。
その日のためにも写されることに慣れていてもらいたいと思った。
来なかったら来なかったで残さなくていけない。
こない可能性と、師匠はなんであれプロには敬意を評し文句を付けないことから、カメラマンである兄を一年半以上かけ吹き込んで唆し続けた。
自分は写真好きとはいえ所詮は素人。残すほどのものは撮れない上に、あくまでアシスタントなので作業しながらではどうしても撮りのがしてしまう。兄が被写体に困っていたこともなんとなく気づいていた。

何時か必ず全てが噛み合う日が来る。
来ないなら、後世の人のために資料として残さないと。
そんな使命感が背中を押す。

「そんな日が来るのかね!?」語気を強めて師匠は言った。いかにも嫌そうだ。
「気ますよ絶対に。来なければ世界の損失です」
「大袈裟だなぁ。でも僕はヤダよ!そんな日は来てもらいたくないね」
「来ますよ」
「やだねぇ、あぁヤダヤダ。そっとしておいて欲しいよ」
「無理です」
「嫌な事をいうねぇ。飯がまずくなるからもうこの話は止めよう」
鍋をつつきながらそんな話をしたものだ。
昨日のことのようだ。