2011年2月19日土曜日

音楽が売れない

2010年度「音楽メディアユーザー実態調査」報告書公表
http://www.riaj.or.jp/release/2011/pr110217.html

日本レコード協会による分析は、
直接的な表現ではないものの「動画投稿サイトの影響」といった方向性でまとめたように感じます。
こうした分析は常に数字の捉え方という側面があります。
検察ではありませんが、最初に「こういう結論だろう」と仮説ありきでまとめあげていくからに思います。
仮説ありきは問題はないのですが、
本来ではあれば数字という客観的事実と実際の現場という主観的事実からその方向性は適宜変わっていくべきなのでしょうが、現実にはそうはなっていないのが問題かに思います。

10年程度前に世界のプロのプレイヤー達の多くはいち早くこうした事態を察し、
CDの販売に頼る形態を改め、本来の姿であるライブの重要性や特定ファンに向けた発信へとシフトチェンジしたに思います。
日本はそうした動きを知りながら効果的な対処をしてこなかったため追いこまれているように思います。(AKBさん辺りはこうした方向性を組み入れ、初めから劇場を用意し毎日コンサートやってますよね。何せライブは現金確保できる最も確実な手段ですから)

この分析からも「仮想敵の設定ミス」を強く感じます。

AKB派生と思われるグループの多さや、AKB商法とまで言われる目を覆いたくなるような方法論を思うに業界の根幹的な問題を感じます。
何のために歌をリリースするのか、
何のために歌うのか、
今一度たちかえる必要性を感じます。それは悲壮感というより、本来考えるべきことを考える時期が来たと喜ぶべきことかもしれません。何せまだ日本は豊かですから。こんなに自由で豊かな国は世界ひろしといえでも日本しかないように思います。
音楽業界に関わらず、書も含め、表現に纏わる仕事をしている人たちに全体に言えることに思います。

これだけインターネットを中心とした技術革新が加速度的に増した現状では(情報おうだけでも大変)、頑なに旧態依然としたものを守ろうとしても何一つよいことはないかに思います。にも関わらず、この協会の分析には嘗て日本が戦争にはしった姿と何もかわっていないものを感じます。既得権者の保守は日本に限ったことではありませんが、少なくても既得権の和から外れたところにいると我々はやはり改めて考える時が来ているように思います。


ちなみに私はここ4年ほどCDを買ってません。欲しいのは山ほどあるのですが、ほんの数瞬でもタイミングを逃すと、サイクルの早い現代においては、「もういいや」となってしまうんですよねぇ。それで正解だと思います。振り返る時間がないんです。
これはあたかも学校の授業を思い出させてくれます。授業中に最大限に理解する努力をするより、ノートをとるので忙しくて結果的に何も頭に入っていないという過ちです。黒板に書く情報はいっそ後で全員にプリントアウトしたらいいんですよ。(笑)あんなの指をきたえる運動をしていたようなものです。と、過去の自分に文句を言ってやりたい。(笑)重要なことは教科書か、類するものに書いてあるのですから、ノートをとる必要性は最小限にとどめるべきでした。手段と目的が逆転してました。
私は旧世代の人間なので本質的に欲しいものはモノで残したいタイプです。データは手応えがないんです。五感をフルにつかって感動を味わいたい。CDの封をきった時の新品のプラスティックの香り。(笑) 音と匂いは脳をダイレクトに刺激しますので記憶が強化されます。ジャケット見た時の感動より強いものです。データだけでは思い出にもなりませんし。絵をみながらの音楽は感動を阻害します。何故なら視覚は脳で一旦処理が入りますから。
嘗て月に4,5枚CDをレンタルしていたアルバム達は全く記憶に残ってません。手にとるモノは記憶を強化します。それが固有のものであれば尚更でしょう。そうでないものは脳神経の線香花火としていずれポトリと落ちてしまように感じます。

ここ数日たまたま昔のCDを引っ張りまわしてやたら聴きまくっている私にはタイムリーな話題でした。