2011年3月20日日曜日

温度差

温度差が生まれるのは当然だろう。

昨日、大阪にいるサラリーマン時代の後輩から電話があった。
彼はのっけからいつも通りだった。
言葉では健康を心配する文言の羅列が連なるが、平常時と同様にカンラカンラと陽気だった。

その陽気さに驚くほどの温度差を感じた。

それと同時に私と被災地の温度差にも言えるのだろうと我が身を振り返った。
そういうものなんだ。

結局人は足元からしか見ること、感じることは出来ない。
しかも受ける側の感受性によりフィルターがかかる。
温度差があるのが当然なのだろうと思った。
それが自然なのだと。