2011年4月22日金曜日

忘れ去られた地

昼、新潟のネットフレから電話がありました。
GWに遊びに来るとのこと。この地震の最中に実に豪快です。(笑)
余震が続き、暗い話題しか出てこないと、本人が全く意識もしていないのに心理的下降傾向になってしまう。今そうなっている自分にふと気づかされた。知った上で意識的に向きをかえないといけないかもしれない。無理矢理ではなく、日常生活の工夫で。気晴らしでもしましょうかね。

電話では、新潟は相当な被害のようだ。中越地震並に半壊の家が多いと聞きました。
東日本大震災の群発地震の絡みで長野で大きな地震が2度あったと思う。その影響と思われる。
「立ち入り禁止」の赤札が張られている家がかなりあるとのこと。
想像ですけど、新潟県沖中越地震で相当なダメージを受けていた家がそうなったのだろうか?
余震で怖いのはダメージの蓄積だ。大きな地震に耐えた=大丈夫、とはならない。ダメージは蓄積する。いずれ小さな揺れでもポシャンといくことはあり得えます。

地震学者の話からすると、私の生きている残り時間は地震活動期に入っているようです。
日本だけでなく、世界的に。なので、地震はあることを前提に生きざるおえない状況にあるようですね。
以前も書きましたが、少なくとも東日本大震災の余震は20から30年は続くと予想している方もおりました。阪神淡路大震災で10年ですので、強ちありえない数値ではないようです。その間にまた何かあちこちである可能性も高いので、覚悟だけは必要かもしれませんね。本当に明日は我が身です。
そう考えると、余震にビビって外出を控えるのも無意味ということでしょうか。電車は遅れて当たり前ぐらいの感覚でいて丁度いいのかもしれません。

それにしても地震っていうのは避け用がないですね。
いつでも脱出出来るように大きな鞄に脱出キットは詰め込んでいるのですが、これも外出していたら意味がないでしょうし、寝ている間にポシャンときたら意味がないでしょう。やはり最後は神のみぞ知るでしょうか。そう考えると沈んでいても自己満足みたいなものかもしれないと思ったりもしました。無理に上げる必要もないのでしょうが、無闇矢鱈に沈んでいるとどんどん気持ちは一方的に沈んでいきますから注意しないといけませんね。

長野は一回TBSで聞いたことがありますが、それっきり放送から聞こえない。新潟は話題になりませんでした。静岡に至っては地震の日以外一度も耳に入ってきていない。直下だったしあちらも相当なダメージであった筈だ。少なくとも、あの日庁舎の1皆は潰れていたと記憶しています。秋田でも1度直下ありましたね。山形は直下こそなかったに思いますが、震度も高く、挙句に周囲を震源に囲まれていますから相当なダメージがあった筈なのに耳に届きません。

良くも悪くも原発の絡みで福島にのみ目が集中しているように思います。どこか政府の策略とすらかんぐってしまいそうです。政府の動きはカメのように遅く、鈍いので現地の方々でネットを使える方はもっと発信していった方が良いかもしれませんね。茨城も当初は忘れ去れれていましたが、ネットで「茨城を忘れないで!茨城の方が状況は悪いよ」という声が多数上がりようやく報道にのるようになったに思います。千葉も選挙の話題の時に、実は結構被害が大きかった様子が紹介され少しは認知されたのではないでしょうか。

お金は有限なので、政府はマスコミをコントロールしなるべく意図的に的を絞っていくでしょうから、声をあげない処、声が小さい処は黙殺されてしまうでしょう。何のための政府なのか?何のための議員なのか?と本当に憤りが全身を貫きますが、彼らも保身のためなら誰かが亡くなっても無視できるような人達に思いますので、やはり声を上げ続けるしかないのかもしれません。そうしないと、忘れ去られた地となってしまうように思います。少なくても今の国民感情は見事にコントロールされているなーと思えて仕方がありません。実に恐ろしいです。原発事故にしても、今ごろになって実はこの数値だった、実はこの位だったと、ポロポロ小出しにされています。「実は」ではなく彼らは最初から知っていたのに隠蔽していたに過ぎません。感覚を麻痺させ、責任を逃れる。実は規定値を超えていた野菜も一部出荷されていたなどもニュースになりましたね。「やはり」と言わざるおえません。後から言うことで責任を逃れをしようという意図は明白です。過剰反応は危険ですが、信頼できる情報源をもとに自ら行動し身を守るしか最後はないのでしょう。そして最後は、良くも悪くも運で決まってしまう。