さきほど先生と話しておりましたが、
「じゃぁ、お君(きみ)ドングリ書こうか」
と先生が動いてくれました。
嬉しい!!!
大変、泣きそう。
野尻泰煌と言えば書家であります。
陶芸も最早人並みならぬ作品となり、
それは当初より本人も認めるところでした。
しかし、ここだけの話、私が最も先生の作品で衝撃をうけたのは、
失礼ながら筆絵かもしれません。
なんというジャンルと言えばいいかずっと考えておりましたが、
あれは筆絵と呼べそうです。
墨絵とはどこか違う。
水墨画でもない。
師の筆絵には濃淡がありません。
”書”の技術をそのまま絵に応用した感じです。
私のような者が言うのも烏滸がましいことですが究極だと思えます。
師は自らの筆絵を、当初は「悪戯書き」と言ってました。
私はこれまだにない衝撃を受けました。
まるで生きているみたいです。
紙のなかで、そのままの姿で、生きているように思えました。
線は単純で多くなく、数本の線で描かれたその人は奥さんでした。
私は泣いてしまいそうでした。
初めて先生の筆絵をみたのは第十二回泰永書展。
奥さんの追悼展も同時開催しました。
先生が持ってきて、2、3日目あたりからか、そっと置いておいたのです。
そこには沢山の奥さんが描かれていました。
半紙の端に、いかにもチャッチャと書かれたような他愛もない筆絵。
筆で書かれた濃淡もないその絵は、まるで奥さんが生きているように私には見えました。
彼女が笑ったり、怒ったり、ぼんやりしていたりした顔が書かれていました。
こんな単純な少ない線でどうしてこうも生命が宿るのか、
こんなに活き活きとしているのか、目が釘付けになり感動で背筋がゾワーっとしました。
当時の私にはその理由すら理解できませんでした。
あるところで「わはははは」私が笑うと、先生が寄ってきて
「どうしたんだい?」と覗き込みます。
「これ、怒っているところですよね。すっごいわかります」
「あーこれか
」
野尻先生はそう言ってその時の経緯を話してくれました。
「理由は覚えていないけど、多分くだらないことで喧嘩をしたんだ。
彼女の顔を見たらさ、”あっ”と思うことがあったんだね。
どこか琴線に触れたんだよ。
すぐに筆をとって、ササッと書いたんだ。
そして彼女に見せた。
”今のあなた、こんな顔をしているよ”
そう言ったんだ。
そうしたら彼女がエラク驚いてね、
”凄い・・・この線が描けない”って言ってさ、
ほら、彼女は日本画もやっていたらから、わかるらしいんだ。
”どうしてって”って、喧嘩どころじゃなくなったよ」
野尻先生の筆技というのは書をみていてもわかるものではありますが、
書だけでは到底見えていなかった極致がそこにありました。
あの線を出すことも難しさは一目でわかりました。
しかも筆で書かけるなどというのは想像すら出来ない。
筆で濃淡なく書くということはミスが許されません。一発です。
書と同じなのです。
「これ、一気にかかれてます?」
と尋ねると。
「あ、わかる?一発で書かないと脈絡がとぎれてしまうからね。
途中で筆をとめたりしたらもう駄目だよ。
ちっちゃい子どもが悪戯書きをするように、一気に書かないと」
なんという底知れぬお人だと私は思いました。
師からしたら、それこそ余技、悪戯書きなのか、
何が凄いのか全く理解出来ないといったご様子でした。
その後に、ポプラの丘展で展示された梟の筆絵も発表されましたが、
基本的に興味はない様子。それが残念で仕方がありませんでした。
しばらくし、
ドングリに奥さんの雰囲気を融合させた「お君ドングリ」を見たときは、
再び衝撃を受けました。
鳥獣戯画をベースイメージにして書いたとのこと。
連続写真のように「お君ドングリ」がクルクルと回っている様が描かれています。
その生命感、脈動缶、楽しげで愉快な様、なんとも愛らしい。
その表情は無垢そのものです。
私の主観ですが、師の筆絵は模写不能の究極をいっていると思えます。
それは”書”を書いて、書いて、書いて、捨て紙が天井にまで到達してしまい、
「お前の紙代で破産するから」と、父君に言われ、
止むに止まれず新聞にも書いて、裏にも書いて、書いて、真っ黒になってもまた書いて、
「読む前に書くのは止めておくれ」と、父君にまた言われ、
それでも書いて書いて書いて書いて、
「はやく新聞読んで!書けないじゃないか」と、
「急かすんだよ。こっちも大慌てで主要な記事にだけ目を通すでしょ、渡すやいなや奪うように持って行くんだから」と父君。
それでも書いて、書いて、書いて、研究して、研究して、研究して、また書いて・・・
その結果完成した究極技に思えました。
なんと活き活きした生命感あふれる絵でしょうか。
しかもその絵には、師の人柄、精神性がそこはかとなく漂っている。
鬼を拉ぐような書をかく師の別な一面が表出されているように感じます。
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