2011年7月16日土曜日

武田邦彦:なぜか?原発を動かしたい人の考え

なぜか?原発を動かしたい人の考え
http://takedanet.com/2011/07/post_a05e.html
(引用)

第一の点、福島原発事故は特殊であるというのは、科学的には合意できない。

大事故は、それより小さな事故が何回かあると、確率的に起こるものだから、原発が震度6の地震で必ず破壊されていると、そのうち、大事故が起こる。

第二の点も同じで、原発では小さな(小さくても重要な)事故が多発している。だから、震度6の地震で破壊されるのは偶然ではないと考えるのが正しい。

つまり、今回の福島原発の事故は、小さな原発事故の集積で震度6での破壊が起こり、その破壊が続くと大事故が起こるという科学の王道、そのものだからだ。  

(私見)

武田さんのブログを毎日読んでいると明白だと思いますが、
苦言を呈する方がいるのですねぇ。
事故に対応出来ないような技術は技術とは言えない。よって持てない。
と以前書いておられました。それは持てないのであって、持たないとは意味が違います。
持ちたくても無理ということです。

こうして「賛成」と「反対」、「敵」か「味方」かだけに単純に分ければ戦争しかありません。
そこには良いも悪いもなく、とにかく許せないというものです。
致命的な問題から目を背けることになると私は思います。

ここで武田さんが質問されている推進派の方の論法は明らかに崩れています。
にも関わらずそれが理解できないのは、
「推進したいから安全である」という思考停止状態から立ち直れないからに思います。

チェルノブイリのかけはし代表の野呂さんも以前似たようなことを仰ってました。
「旦那さんを説得するのに理論武装してはいけない!!」
これは、安全だと思っている人にどんなに理論を突きつけても、
相手は逃げ道を探すことしかしないからに思います。
屁理屈はいくらでもつけられます。
心に訴えるしかありません。

身近な人ですらそうなのですから、他人なら尚更です。
こういう人を論破することは不可能に思います。
ますます身を固くし心を閉ざして二度と戻ってこれなくなります。

私もこうした方に幾度も論戦を挑みましたが、
全て曲解されてしまい話が見事なほど拗れていきました。
そして最後は人格否定、人生否定でピリオド。
テーマが完璧にそれてしまっているのにすら気づかない。

それは人間は感情の生きものであり、実は誰しも理屈では動いていないからだと思うに至りました。
「正しいから腹が立つ!!」と言われたことがあります。
今となって思えば、それも仕方がないかなと思います。
人は最後は感情の生きものなのです。
身を硬くした人には常に門を開きつつ粛々とことを運ぶしかないかもしれません。

それにしても最後の事故リスト・・・恐ろしいですね。
こんな中、今までノウノウと自分が運まかせて生きていたとは背筋が寒くなります。