2011年10月31日月曜日

LAWSON STORE100:ピリカレー

私は稀にお菓子が猛烈に食べたくなります。
そういう時は肉体のメッセージと思い、遠慮なく食べるようにします。

というのも具合が悪くなり前兆であったり、なりかけであったりするからです。
これが案外凄い的中率で、凄い目安になったりします。
勿論、お菓子や甘いものを食べたからといって病気が治るわけではないと思います。
どうや、あくまでも私見ですが、身体のメッセージとしては、

・酵素やビタミンが足りなくなってきた。もっと補充してくれ。
・エネルギーをくれ。
・酵素を補充し、エネルギーを戦いに向けるから早く寝てくれ。

ある種のストレスサインとして受け取っています。
面白いもので、私の肉体は欲する食べ物の種類でもある程度病気を予想できたりもします。
風邪で高熱が出そうな予兆がある時は無闇矢鱈にチョコレートが欲しくなります。
それほどでもない場合は菓子パン。
微妙に揺れている時はお菓子です。
少なくとも絶好調の時には不思議と欲しくなりません。

食べる時はいつも最後まで食べます。


先日食べたのがピリカレー。

久々に新しいお菓子で美味しい!!と思いました。
あっという間に完食。
ピリッとしたパンチの効いたカレー味に、
濃い味です。
そして手が止まらなくなる新たなサクサク感。
コダワリがあるようで、岩手の炭で乾燥させたとか。
それであの独特な香ばしいサクサクが!?と思ったり。
美味しかったです。



蛇足ですが、
こうしたものは普段は一切おいてません。
あると欲しくないのに目が欲してしまうんですね。
なければ全然平気です。

置かないこと。

これは大切なワードのようです。
実家の父は糖尿なのですが、
糖尿なのに、チョコを笑うほど置いてあります。
ほんと笑うほどです。
1ダースは常にあります。
ないと不安のようです。

更にお菓子を「うそ!?」ってほど置いてあります。
「あー・・・こうなったら終わりだ。
父も口ではああだこうだ言うけど、ま、やっぱ普通に誘惑に弱いのね」
そう思いつつ、何も言いません。
もういい大人ですし、自分で必要なことは自分で判断するでしょう。

いちを1度は言います。
1度言って聞けない大人は、10度言っても聞けません。
自分でもそうです。
わかってやってますからね。

「お菓子を買うからだよ。
置かなければ慣れるよ」と言いました。

元お菓子クレイジーだった私が言うのですから、
説得力があるはずです。

それを華麗に無視w
父は子供の頃、子供たちに
「お前らはお菓子食べ過ぎだ!!」と
顔を破裂せんばかりに真っ赤にして何かというと怒鳴ったものです。
実際のところ、
兄弟の中でも私は一番のお菓子クレイジーだったと思います。

以前の仕事場では、
「いちごパンの男」と呼ばれました。
夜7時頃になると、必ず買うのでいっときそう呼ばれていました。

それが私が脱却する要因となった言葉でもあります。
他人様が何気なく言う言葉というのは真理を得ています。
「これはマズイ・・」と思ったのです。

とはいえ、地球最後の日が来るのなら、
今でも思うのが以下です。

「有名店のホールケーキをズラッと並べ、お菓子で部屋を埋め尽くし、
炭酸ありったけの種類買い、
吐きながらも食べながら最後を迎えたい」

大馬鹿野郎です。(ノ´∀`*)
そんな私がお菓子のない生活になれました。

置かないこと。

これしかありません。
そして過剰に我慢しないこと。
我慢は精神のリバウンドをうみます。
これも大切ですね。

買う時はたべる分だけ買う。
買ったらその日中に最後まで食べる。
下手に翌朝にとかするのはいけません。
最後まで食べましょう。
気持ち悪い筈です。(笑)
基本は買ったら満足するまで食べることが大切です。
気持ち悪くなるまで食べる。
そして絶つ。

お菓子と甘いものは完全に習慣性のものです。

本来は必要がありません。
逆に、それらを必要としているというこは、
肉体に栄養素や酵素がヤタラメッタラ足りていないことを意味しています。
それを身体で理解すると、驚くことに本当に欲しくなくなります。
特に甘いものは飢餓感から欲しくなりがちですが、
飢餓感がどこからくるかというと、酵素不足から来るようです。
なので、胃腸が満足するのとは別次元の話のようです。
そういう時は、

酵素の多い食事をこれでもかととりましょう。

なので、酵素が不足する風邪の前にはお菓子や甘いものが欲しくなってしまう。
(風邪で免疫力が低下すると酵素が大量に消費され不足するため、飢餓感がわく)
これを身体で実感してしまうと、本当に美味しいものは食事にしかないことがよくわかります。

人体とは不思議なものです。
父もあれほど言ったのに、自分では出来ないようです。
親とはそんなものなのですね。
息子が出来ることは、父が運がいいことを祈るだけのようです。
何せ、「食べるな」と言われるストレスも相当なものですから。