2015年11月5日木曜日

時節柄の便りを受け

この思いをどこへ向けていいのか困る。
生は無常である。
常では無い。
常ではないからこそ、生まれ、死がある。
そして世代が変わり空気は変化し時代性が生まれる。
変転していく。
変化は生である。

ただ、あるがまま。
「そうか」と認識し、そこから何かを得られればご喝采。
受け止められなくても時は流れ、とどまることはない。
そう頭では理解するのに、
どうしてこうも昂ぶるのを止められないのか。

こういう時、お酒が飲めなくなったことを遣る瀬無く思う。
彼はお酒が好きだった。




彼は私にとって初めて上司らしい、大人らしい方だった。
口綺麗で、直情的、故にやたら怒鳴る。
私が彼に怒声を浴びせられたのは、今でも覚えており懐かしくも微笑ましい。

「社会人にもなってFAXすら出来んのかお前は!」

彼は充分我慢していたようだが、もたつく私にたまらず咆哮した。
当時のビジネスFAXは巨大でボタンも多く自分には何を押していいやらと戸惑っていた。

不信感が生まれたのか、堰を切ったように彼はそこからよく私を怒鳴るようになった。
でもなんてことはない、誰にでもよく怒鳴る。
ただ、彼の言うことはある種一本筋が通って視点のようなものが感じられた。
私はそれを学びにした。
煙たがれているのも感じていたし、その理由も大体想像するに難くないものだったが、私は寧ろ彼を好いている部分の方が多く、怒鳴られてはハイ、ハイと言って、どうすれば怒鳴られないで済むのか、怒鳴られないクオリティの仕事とはどのレベルなのか考える機会を度々与えてくれ、いつしか彼に注意されないぐらいになったら「社会人として最低限はクリアかな」と思うようになった。

時が経ち、いつもの様に書類とデータを渡す。
普段なら重箱の隅をつつくように読み、何かと口を挟むこともあった上司が、
ふと目線を上げ、「うん、これからは出さなくていいから、そのまま進めて」と言った。
私は「え?でもそれではチェックする人がいなくなってしまいます」と言うと、
「もうチェックする必要はない。お前の仕事は完璧だよ」
それでも私は 「ミスは誰でもします。出来れば誰か」 と言うと。
「お前以上に見れるヤツはいないし、お前がミスしたんだったら仕方がないと俺は思う。それをとやかく言うヤツがいたら俺がそいつを怒鳴ってやる」
そこで私は引き下がった。
認められた瞬間だった。
身体からなんとも言えない感覚が湧き上がる。
同時にある種の寂しさのような感覚と責任の重さを。

今でも思い出す。
私の文章を初めて褒めたのはその上司だった。
たまさか帰り際一緒になり、場をつなぐためか、ふと言った。
「お前は書類や文章書きは誰に教えられたんだ?」
マズイなと思った。
この入りは、「なっとらん!」と一喝されるのかと感じた。
実際私はビジネス文章の勉強などしたこともなく、就職して指導されたこともない。
そこに自らの弱点のようなものを感じながら過ごしていた。
確かな土台がない。
単なる見よう見まねで、我ながら張子の虎だと自らを評価していた。
「いえ、教わったことないです」
正直に言った。
「嘘を言え」
ほらきた。
「本当です」
やっぱりあれでは不足なんだろう。
丁度いい機会だ、教えてもらおう。
そう思いつつあると、
「・・・悪かった。お前が嘘を言うはずもないな。なら独学か・・・相当勉強しただろう」
雲行きがおかしい。
「独学もなにもないです」
「そんはなずあるか。じゃーどうしてああいう書式があるって知っているんだ!?言葉使いにしても」
やや苛立ち。
「過去の書類を拝見させてもらい、そこから定型的な部分を拝借して自分なりに書いただけです」
「・・・」
珍しく無言になる。
何が言いたいんだろうと私。
「お前の文章はやたらとうまい。新人は元より、あそこまでちゃんと書けるヤツはそういないぞ。皆酷いもんだ。大したもんだなお前は、文章を書く才能がある!」
笑顔でしみじみと褒められた。
私はまだ何か足りないという中でやっていた手前、まだ信じられなかった。
「出来れば教えていただけませんか」
足りないものを埋めたかった。
「ばかいえ。お前に教えられるか。あんだけ書ければ何も教えられることはない」
そう言っていつものように豪快に笑った。
私は彼の笑顔が好きだった。
心根を感じる。

不思議な感動に身を包まれた中で帰宅する。
自分の中にある、「何かが足りない」という感覚とは別に「充分だ」と言われた相反する視点。
積み上げることなくした成果物に対して手放しに褒められた初めての体験。

彼が部署から去った時、お酒の飲み過ぎが心配だった。
十年ほど前に一度だけ書展にきていただけた。
「もう酒はやめた。調子もいいよ。どこも悪く無い。心配してくれたんだありがとう」
そう言って、彼はあの笑顔を見せてくれた。
ただ、どこか気になった。
笑顔がどこか力ない。
「あの頃の連中で一度、皆集まれないかな?お前、音頭とってよ」
私にとって最後の言葉になってしまった。
その願いを叶えられなかったことが悔やまれる。
彼のあたたかい笑顔が、力強い声が、発露した怒りが懐かしい。
色々なことを学んだ。
教えられた。

生の時は存外短いことに昨今思い知らされる。
十代の頃にあった無限のような時間感覚はとうに無い。
限られた中で何を受け継ぎ何を残すか。
生は流転する。
どう番狂わせが起きるか生者には想像すらかなわない。
どう充分に生きるか。
出来うる限り、
可能な範囲内で、
残心なく。
まだこみ上げるものを処理出来ないでいる。