2010年12月17日金曜日

死に対する構え

師匠からすれば「そんなものはいらない」という。

「構えが必要なのは逃げがあるからだ」

そう言われるとグウのねもでない。

「死は宿るものだ。自分で準備するものではない」と師は語る。

思えば、私は構えが欲しい人のようだ。
小学3年生の時から、どこか生きるのを諦めた感がある。
何故そうなったかは全くのわからないが、ある日突然そう感じた。

それも師匠からはズバリ言われた。
しかも、会話の流れとは無関係に突然に。

「自ら生きるのを放棄したら駄目だよ。
 人はだれだって生かされているんだから。
 死が己を分かつまで、そうした観念がもしあるなら消しなさい。
 松ちゃんは唯一ソコだけが心配なんだ。
 元々バランス感覚は人一倍優れているんだから、勿体無いよ」

気付かれたのは生まれて始めてであり、文字通り「ギョ」とした。
何せ妙な死生観だ。
しかも普段から考えているわけではなく、当然のようにあったものだ。
言われるまで本人が忘れていたぐらいである。

「どうせ死ぬのに、何故生きないといけないのか」

幼心にその疑問は消えなかった。
特に私は何かと持病が湧くので苦しむことが多かった。
面倒だからいっそ今のうちに死んでしまおうと、まるでちょっと出かけるぐらいの軽い気持ちで自死しようと思ったことがある。小学生4、5年生ぐらいだろうか。
映画でみた処刑シーンから「これだ!」と思ったのだ。

誰もいない間を見計らって丈夫な選択紐を入手し、吊るそうとしたことがある。
思えば随分凄いことを、サクっとやろうとしたものである。子供というのは実に凄い。
1回目は欄干が無いことに気づき、アッサリ断念した。
2回目は蛍光灯に引っ掛ければいけるかな?と思い、引っ掛けてみた。足場も用意し、蹴り落とす練習もする。
低すぎた上に、蛍光灯が壊れそうなのに気づき止めた。
その後、何度となく試みたが、行為そのものが面倒になり生きることにした。

当時、親兄弟には相談しなかった。誰にも言ったことはない。
異常な行為、考えであることは十分理解していたからである。
今でも思うが、ここがアメリカならとっくに私はいないかもしれない。
どうしてああした死生観が生まれたのかは全くもって自分でも理解不能であるが、今でも根底に流れている。
それが私の一要素なのだろうと静かに自分をみている。

父も高齢になり、考えない日は少なくない。
自分が逝くのはともかく、やはり近親者が「もしや」と思うのは胸が痛い。
しかし、いずれ生と死は分かつものだ。
やはりどこかで精神的構えを用意しようとする自分がいる。
私の防衛反応なのだろう。「逃げ」である。

とりあえず今出来ることは文句を言わずただ受けるだけに徹することで感謝を表したい。
そう書くと見栄えがいいが、ようは自分がそうしたいだけである。
相手の為を思ってではない。そうせずには後悔の山に圧し潰されてしまう自分が容易に想像できるからだ。
自分の気が済まないのだ。後悔の念に囚われてしまう。既に囚われているぐらいなので、亡くなった日にはいわんやおやである。
それでも恐らく泣いてしまうだろう。
ヤル尽くすことは出来ないし、やり切ったとは思えないだろう。思える筈もない。なので無理をするつもりもない。
いい加減に頭にくれば事細かに反論もし、屁理屈の塊の父に「理屈っぽいなぁ」と言わせ、論破したりもする。

私が理論を振りかざすのは冷静になる為である。元々はその死生観からして短気であり、刹那的であると自己分析できる。
相手を殴り倒しては悔いが残るので考えたのが、口で相手を封じてしまうという方法である。
それを幼き時よりとっていたに過ぎない。元来私はその恵まれた骨格と体質から腕力はある方だった。簡単にねじ伏せようと思えば結構な部分までねじ伏せることが出来た。しかし、そこに価値を見いだせなかった。
相手の恐怖の念の抱いた顔を見て「ヒーハー!」とはならない。
あるのは悔いだけである。
「あんな恐ろしい顔をさせてしまった」という悔いと自らへの恐怖だ。

同じ顔なら笑顔を向けてもらいたい。

笑顔は中学時代のマドンナから学んだ。彼女はいつも笑顔だった。心からの笑顔であることは容易に察することが出来た。その笑顔に勇気づけられ、元気がわいたものである。「なんで彼女と一所だとこうも元気が湧くのだ!」と考えた。勿論、恋しているからってのもあるが、そこは冷静にそれだけではないと関心を抱いていた。それは笑顔だった。人は誰しも同調性がある。笑顔を見れば笑顔になる。それは心理学からも明白であり、学ぶまでもない。そして、程度の差こそあれ人は嘘の笑顔は瞬間的に見破るものである。

相手を論破するのは目的ではない。冷静になり自らの誤りを見つけたいだけである。
師匠の奥さんを思い出しても、未だに泣けてしまう。母方の祖父母を思い出してもそうである。
悲しいわけではない。
現実を理解していないわけでもない。
ましてや同情しているわけでも。

自分でもよくわからない。

ただ、思い出すと泣けてしまう。
涙が自然と流れてしまう。
もう会えないと思うと、話せないと思うと、寂しいのかもしれない。

生きている人間というのは実に身勝手なものである。

最近は暗黒物質に期待して、自らを論破しようとしている自分がいる。この世のほとんどは不可視物質で満たされていることがわかり研究が進められている。
人は死に、肉体が物になると、精神のエネルギーだけが不可視物質として残存し、暗黒物質としう姿でそのままあの世とかいうSF的なものではなく、リアルな存在として現世に存在するのではなかろうか?と私は妄想している。情報を時折漁っては実証がないか探っている。この入りでいくと、地縛なんとか、あたりは理解できる。ゴースト~ニューヨークの幻~である。(笑)あの頃のデミ・ムーアの可愛さときたら天下一品でだなぁ。彼の亡くなり方は理想的だ。やはり女性のほうが頭の切り替えが早く、割り切れるので先に逝くのは男がいいともう。勿論、個人差があるので個々のケースで分かれますが。あの映画のデミも結構頭の切り替えが早かったと思うw 「ちょ!そこで友人(犯人)とキスしようとするかね!?」みたいな。
男は知の生き物だから、感受性が爆発すると波に飲まれて遭難しがちだ。女性は逆で、感受性の生き物だから理論を振りかざすとまるで筋が通ってないことが多いし、その筋が通ってないことにまるで気づかない。

師匠の仰るとおり、
構えを準備している時点で弱い。
本来はその瞬間に頭のてっぺんから足の爪の先まで浸ればいいのだ。
それが出来ないから準備をしたがるのであろう。
そういう意味では、自分は存分に生きてないのだと思える。
子供達を見て学べる。
彼らは存分に生きている。

私が存分に生きていたのは5歳ぐらいまでかもしれない。
物心ついてからロスが多い気がする。
存分に生きよう。
可能な範囲で。