2011年2月8日火曜日

書道用のブログを設置

ぼちぼち書いていこうと思います。

腐っても書家をうたっておきながら恥ずかしさもり長らく紹介することはありませんでした。
知人からも、「書について基礎から紹介して欲しい」と言われておきながら、「そうだねぇ」とスルーパス。
(心から興味があれば自分で調べるだろうし、私のサイトより相応しいサイトはごまんとある)
と考えておりました。

しかし思うところあり、本日より駄文と駄作を電子の海へ投下しようと思います。

以前、知人のアメリカ人から
「外人でもわかる初歩の初歩から、わかりやすく、出来るだけ専門用語や難しい思想は抜きにしてブログを書いて」
と要請を頂いたことがありました。
そのブログは色々と私事が重なり結局は書くことが出来ませんでした。
それが引っかかっていたのかもしれません。

私は昔から人間通訳的な立場で動くことが多かったに思いあたります。
仕事場ではもちろんのこと、友人との間や、家族でもそのような立ち位置に身をおかれます。
しかし私は幼少期からそうした立ち位置がイヤで仕方がありませんでした。
望んでいませんでした。
にも関わらずいつも気づけばそういうポジションにおります。
そんな自分を振り返るに、「それが最も適した場所なのかな」と納得するようになりました。
それが自然なのかもしれない。楷書を望みながら草書を書いている今のように。

もしくは私を初めて指導してくれが師匠が、
今まさに病床におり、かの時の姿をとどめていないことを知ったからかもしれません。
私は師に心から感謝しております。感謝、ありがとうという言葉では表現できません。
師は私の心の支えの大いなる大黒柱でした。
師への感謝の思いを何らかの形でとどめておきたいと思ったのかもしれません。
思えば、師の弟子の中で今でも書道会に身を置きこうして活動しているのは私だけかもしれません。

ここだけの話、
私にとって書はどうでもいい存在でした。
賞もとったことはあるにはあるのですが、はいて捨てるような賞でしたし、何よりどうでもいいので「下手」といわようが「上手」と言われようが「ふーん」ぐらいなもので全く興味がありませんでした。小学校の時、1度だめ壇上に立たされたのですが、どうして立たされたか意味がわかりませんでした。
それは近年までそうでした。今でも、それほど興味があるかと問われれば、「それほど興味はない」と答えるかもしれません。「野尻先生の作品を見れていれば満足だ。それ以上も以下もない」というのが正直なところです。野尻先生の作品を見てしまうと、自分の作品などあまりに下手すぎて厳しいです。
それでも結果的に書が続いているのは、師への亀井鳳月先生への存在があってはことです。
そして今の師、野尻泰煌先生あってのことでしょう。

亀井先生は穏やかな風の吹く温かく広々とした草原のような方でした。
私はその草原に横たわり書かかきます。つまり先生の笑顔を見れば幸福でした。
その笑顔と会話を楽しむために、口実として書を書かざるおえなかったに過ぎません。亀井先生は書の先生でしたから、書かないではおられませんでした。
その感謝の思いを少なからず行動と形に移すとしたら、まず手っ取り早くこの辺りからかもしれません。この程度しか思いつきません。

現在ご家族は先生に会って欲しくないようです。どのような姿になろうとも、私にとって関係がないのですが・・ご家族がお辛いのであれば、やはり無理に会うことはエゴ以外の何ものでもないかもしれません。それを甘受するのもまた感謝の現れと思い、会わないことにしました。思えば、最後に先生とお話した時に先生は「近いうちに会いに行ってもいいですか?」との問に対し「んー・・・やっぱり止めて。今の恥ずかしい姿をマツザトくんにみられたくないの」と返事をされてました。
私は「わかりました。では、お元気になられるのをお待ちしております」それが最後の会話になるかもしれません。そういう先生でしたので、やはり会わない方がいいのかもしれません。

ちなみに、名前の「鳳煌」は、現在の師匠につけていただきました。
もともとは鳳月先生から頂いた名前があったのですが、以前より師匠がかわったのだからいずれ名前を変えようといった旨の話をうけておりました。ある日、野尻先生から「どんな名前がいい?」と聞かれ
「出来れば、鳳月先生の1字と、野尻先生の1字が入っていれば最高です」と贅沢を言わせていただきました。すると、
「そんな!組み合わせがいくらもないじゃないか!マッちゃん、そんなに都合よくないよ・・・」と咆哮したものの、数瞬、指で空書をします。すると、
「あ、あったわ。鳳煌でいいよ。こりゃ最高だ。よく出来たもんだねぇ」と明らかに名前負けのするきらびやかな名前をいただきました。
後日、まだお元気だった鳳月先生にも報告すると「それは良かった。素敵な名前をいただいたね。野尻さんにも感謝しないと。ありがとうねぇ」と仰られていたのが、つい最近のようです。

今後ブログでは自分なりに「書」を咀嚼して、それを出来るだけ多角的に丁寧を心情として書いていきたいと思います。不勉強な上に誤字も多く至らないブログになるのは必定かと今から想像できますが、斟酌をもって読んでいただければと思います。

書道 鳳煌会のブログ]