2011年2月5日土曜日

親と結婚

親は結婚しない子供に対して、
「○○だから結婚できない!」
と叱責し、結婚しないことが悪いかのような口調から最終的には人格を否定する方向性へもっていきがちだ。
これでは何も生まれないと思う。
そこまで言うなら、結婚相手をつれてくればいい。
昔の親はそうしていた。
それが出来ないのなら、言葉を慎むべきだろう。
親はこうした一方的な言葉の暴力を省みないことが多い。
なにせ殺人鬼ですら何回も結婚しているのだ。
結婚しないことイコールそれ以下とは考えにくい。考えられないといっていい。

私は1度は結婚はしたほうがいいと考えている。生き物は当然子孫繁栄を本能的にのぞむ。でなければ死滅してしまうからだ。多くの社会システムは結婚することを前提に機能する部分が多く、結婚しないということは社会に存分に参加していないということになる。しかし、最終的には生き方の問題だ。そこは自由意思を尊重して欲しい。自分がどう生きたいかだ。私は甥子たちを大切に思っているので、やはり子供は欲しい。晩婚になるだろうから養子でもいいとさえ考えている。
一方的に不利な状況で、反撃不能の言葉の攻撃はいささか気持ちのいいものではない。重くとらえているからこそダメージがあるのだ。そんな哀れな息子をサンドバックしないで頂ければありがたい。意見は聞く構えがあるのだが、往々にして最後は人格否定で締めくくるのはずるい。(笑)

もちろん反省すべき点は多い。親のいっていることはご説ごもっともだ。だが、思うようには生きられないものだ。その点は勘弁してもらいたい。そして、人は言葉では動かない。行動でしか心は動かないという点は双方に言えることだとわかってもらいたい。こっちも色々大変なのだ。(笑)

最後のさいごで脱線するが、
結婚と愛は別物だということはゼムール氏の本を読んで目からうころであった。好きな相手は恋人であるほうがいい。結婚相手はともに社会へ参加するに適した相手を選ぶのが理想だ。逆になるからこじれる。男は愛するほどに性から遠ざかり、女は愛するほどに性を求めるという部分は驚いた。少なくても私はそうであった。男は愛し尊敬するほどに手がでなくなる。女性は逆だ。これは私も経験がある。どうも咬み合わないわけである。(・∀・)納得!
(´・ω・`)はふん