2011年5月4日水曜日

震災を振り返る、そして黄砂

私もあの瞬間に携帯で撮ろうかと思ったのですが、それよりも命だな、と思い止めました。
撮影していると充分な逃げへの動作が出来ませんので。
撮影の利点は、なぜか「勇気」(使命感)が湧いて恐怖へ打ち勝つことが出来る点でしょうか。足がすぐすくんでしまうような方には効果的に思います。パニくってしまってはどうにもなりませんから。撮影することで客観性を得られますので、そういう意味で不安を払拭するために撮影するのはアリですね。ただ、間脳的な出発力を打ち消してしまい、本当の意味での安全は確保されないでしょう。観念的になってしまうでしょうから危険度は大幅に上昇します。

昨夜は気分が上向いたので遅くまで東日本大震災と原発に関する映像をあさってました。
上向いていないととても見れないものばかり・・。
3/11のあの揺れのなか随分と色々な方達が携帯で録画してたんですねー!!時代ですね。
伝えるという点では本当にいい時代です。新潟中越地震あたりではここまで無かったかに思います。

これらを観た理由は、
今後どこで起きても不思議ではない次なる大地震への構えを持っておきたかったからです。
学校や非難訓練では、観念的に頭上の安全を確保といいますが、状況によりけりだと確信しました。20本ぐらいの投稿者の生の映像と、行動、ニュース映像をみてそう思いました。

住宅やオフィスの高層階なら確実に一瞬でも早く外へ出る努力をした方が無難です。
ある凄まじい揺れをみせたビルの固定カメラの映像では、わずか1分程度で中がグチャグチャです。つまり逃げるのが困難になってしまいます。

商用施設なら位置どりだけして、下手に動かない方が無難ですかね。
商品が棚から落ちてくるので、あの揺れで移動するのは危険に思えました。倒れるものがない場所をいち早く見つけて移動して、そこで耐えるのが安全ですね。ない場合は、落ちてきても痛くないものの横。この位置どりはおそらく命にかかわりそうです。

戸建てや低層階住宅では、いつでも出られる体制をとりつつ待つ。揺れが収まりだしたら出る。
戸建てや低層階は揺れがダイレクトに来るため、「ヤヴァイ」と思った時は既に出られないぐらい揺れていたり、下手に出て周囲の倒壊に巻き込まれる可能性は大いに有り得ます。

共通して言えたのは基本中の基本である、上にモノを積まないということ。
落ちますね。真っ先に。
そしてデジタルモニターの固定でしょうか。
安物のデジタルモニターは台座がチープで免震設計がされてません。うちのIOのモニターもそうです。プラスティック製のスクエアの台座にパコっとはめるだけの構造なので矢鱈滅多ゆれました。映像では多くのモニターが倒れ、落下するなか、しっかりした構造のものは最後まで倒れないものもありました。台座の良し悪しでかなり値段が変わるので侮ってましたが、これほどまで差があるのかと驚きました。安い台座は別な方法で固定すべきと思いました。でないと、多くの人がモニターを抑えるという動作をしており(私もモニターとPCを抑えてました)、いざという時の脱兎が遅れるからですね。いやはや改めて恐ろしい地震でした。

そして津波。
上空から見るとその凄さがわかりますが、あれ目線で見たらわからないのでしょうね。かなり多くの車や人々が悠長に動いているのがわかりました。それに対して津波の速度はどんどんマスのであっという間でした・・・。車はいけるところが限られるので、途中でつまったら車を捨てて逃げた方がいいですね。話によると津波が遠い場合は、車で反対方向に逃げていいようです、徒歩や視認したら水平方向に移動して少しでも高い建物に非難するのがベストだと聞いたことがあります。津波の方が速いからだそうです。それにしても恐ろしい。

ま・・・結局は運なのでしょうが・・・。
準備してても無駄なものは無駄ですしね。

さて、5/2に上野動物園に行ったのですが、黄砂が凄かったです。

空が砂漠色に霞んでいるんですよね。
ググってみると、ある情報では中国は過去に数十回に及ぶ地表核実験を行っており、その結果かなりの放射能を世界中にばら蒔いています。回数は不明ですが、やっていたことは隠しようもない事実ですね。この春、韓国ではこの黄砂に放射性セシウムが含まれていることが検知されており警戒を強めているとのニュースを読みました。だとしたら「黄砂かー空が黄色いなー」では済まされないわけです。秋、春は中国から風は吹いてきますから・・。

近代になり癌の発症率が上がっているのは偶然じゃないのだと思うのですよね。それを癌専門医は福島原発に触れ「元々、日本人の半分近くは癌でなくなりますから」と言い訳しておりましたが、私はそうじゃないように思っております。こうした世界中で行われた地表、地下含め核実験により世界中で放射能がばら蒔かれた結果、徐々に遺伝に傷がつく人が増えてきてリスクは年数に比例して増大しているのだと考えております。頭がいいと勘違いしている頭のいい人達によってなされてきた人間がしてきたツケです。中国国内でも近年奇形児の発症率が一部地域で急激に上がっているとの懸念もあるようです。一度傷ついた遺伝子は基本元に戻らないように思います。そう考えると、人類は自ら滅びの道を選んでいるようにしか思えません。それもまた人類という種の宿命なのでしょうか?