2011年6月3日金曜日

思考停止、悲劇では済まされない参事

科学者の日記110602 私たちは何を間違ったのか?
http://takedanet.com/2011/06/110527_f21e.html
人間はある錯覚にとらわれると、そこで思考が停止して、「軽水炉は少しの放射性物質は漏れるかも知れないが、チェルノブイリのようなことにはならない」と信じ込んでしまったのです。人間はある錯覚にとらわれると、そこで思考が停止して、「軽水炉は少しの放射性物質は漏れるかも知れないが、チェルノブイリのようなことにはならない」と信じ込んでしまったのです。
(中略)
そして、今でもまだ多くの原子力技術者は思い至っていないのですが、「技術はどんなに信頼性が高くても、事故が起こることを想定しておかなければならない」という基本中の基本を忘れたか、あるいは考えたくないとしていたのです。
若干の被爆者を出しても、すぐ健康診断をして防護措置を講じれば、放射線の障害も減らすことができます。
でも、現実は正反対になってしまいました。責任回避を狙った政府は、こともあろうに「健康に影響がない」と繰り返し、原子力の推進をしてきた学者も口をそろえました。
ヒコーキが墜落して、負傷者が苦しんでいたら、一刻も早く病院に運ぶのは当然ですが、「キズは大したことはない、化膿することもない」などといって放置していたのと同じ結果になりました。
思考停止は我々全員に言えることです。
だから他者の声には耳を常に傾ける姿勢が必要なんですね。特に否定する側の声を・・。
チェルノブイリの設計者がまさに同じことを事故前にいってます。
「それでも事故は起きる」この意識を怠ったら最後です。

チェルノブイリ事故の頃から原発に対して世界の対処法は何一つ変わっていないことが調べるほどにわかります。基本的には、どの国の政府も国民を1ミリも信頼していないのでしょう。だから、

隠蔽>見殺し>継続
世界的マニュアルが出来ているのだと思います。だから自民党であろうが社民党であろうがみんなの党であろうが恐らくやることは同じだったでしょう。そこで勇気ある決断、独尊たりえたとは思えません。でも、出来る筈です。思考停止の呪縛から解き放たれば。解き放たないといけません。それが出来ないのら、到底所有するに値しないのです。

すべては準備不足でしたし、すべては判断が甘かったのですが、今でも同じ状態が「もんじゅ」も、他の軽水炉(原発)も続いているのに、どうも準備が始まりません。
地震や津波、そして洪水、想定外の竜巻や落雷など自然災害も多く、決して毎日が何も起こらないわけではありません。そしてそれは明日にも来るかも知れないのです。 
なにをしているのか?と私はいぶかしく思います.専門家、自治体、そして電力会社は全力で「次の原発災害」の防止に取りかからなければならないでしょう。
また、「2度と起こらないだろう」などと思っていると、同じ事になります。
政府を無視してでもやらなくてはいけないことなのでしょうね。
本当に怖いのは、「運が悪かった」で済ますことですね。1度で済む保証なんてどこにもありません。既にチェルノブイリ事故>福島で2度あったわけですから。頑張りましょう。