2011年8月20日土曜日

武田邦彦:被曝による「軽い」症状(咳や鼻血)と医療の本質


被曝による「軽い」症状(咳や鼻血)と医療の本質
(引用)
なぜ、お医者さんは冷たいのでしょうか? なぜ、住宅メーカーは冷ややかだったのでしょうか?

お医者さんや住宅メーカーの人ばかりではなく、「仕事」が忙しいこともあって「お客さんの気持ち」になることができないのです。当時、私は次のように言っていました。

「苦しんでいる人がいるのだから、親身になって原因を追及し、丁寧に治療したらよいのに。苦しんでいる人がいるという現実を見ないといけない」

でも、それは少数派で、ハウスシック病で苦しんだ人が戦ってやっとみんなが非を認めたのです。今、原発事故があっても、それは変わっていないのです。
広島やチェルノブイリの例しかない被曝については、わからないことが多いし、ガンや遺伝性疾患などの重大な病気が先なので、医学は進んでいません。

だから、まずはわからないと言うことを納得して、

1) 被曝を減らす、

2) 快復力をつけてあげる、


という前向きの工夫をすることです。原因がなにかなど追求していると、お子さんの状態は改善されないと思います。被曝は、それで病気になったら治療ができますが、「被曝を減らす薬」というのはないで、被曝を減らし、快復力をつけることしかないと考えて行動することでしょう。

(私見)

なるほど!だからですか。これはわかりやすい。
お医者さんに詰め寄っても職業倫理的に出来ない。ということなんですね。
まぁ・・・それでも今のお医者さんはあまりに事務作業が過ぎるような方が多いように思います。
やはり武田さんも仰るように、忙しすぎて、真摯に患者にとりくむ気力がないように感じます。

誰しも健康に纏わる各々の言葉というのは嘘偽りがありません。
つまり、声に出るということは必ず何か問題を抱えていることは間違いありません。
なので多くの場合は無視すると必ず問題は大きくなります。
自分で呟きながらその重要性に気づいていない人も多いようです。
しかし、重要性に気づき他人や医者に相談するとまず言われる言葉があります。
「気にしすぎ」
「気のせい」
「大袈裟」
「軟弱」
「ヤル気がないから」
「根性がない」
「気合がない」
「弱音をはくんじゃない」
「私が若い頃は・・(以下略」
そして必ずトドメの言葉として、
「医者に行けば?」
と残酷に突き放します。

そうであれば、初めから体調について聞かないほうが紳士的でしょう。
そういう人ははなから聞く気がないようです。
中には、他人の体調を聞いて持論を展開する人も少なくありません。
持論そのものは構わないのですが、
「痛い」という本人対し、
「痛いはずはないね」とトンチンカンなことを言い出す人は少なくありません。
本人が痛いというのですから、それは「痛い」のです。

医者が明確に訳にたつのは外科のみでしょう。
外科だけは切った貼ったの世界なので明確に結果が出るようです。

これは今まで知り合った医者自身も語っていました。
ある知り合いの内科医や薬剤師は、
「内科のトラブルのほとんどは原因を断定できない。
でも、それは医者として言ってはいけないので、差し当って何らかの薬を出さざるおえないの現実」
「医者いって治ると思っている人は行ったほうがいい。
だって行っただけで実際に免疫力が大幅に上がるか。
本音を言うと薬は風邪すら治せない。
治すはあくまで体だから。
だから、薬を飲めば治ると信じてない人、疑いを感じている人は医者へ行く意味はほとんどない。
あるとすれば、専門的見地から意見を聴けるというぐらいなものだけど、
そういう意見を言える医者はどんどん減っている」
と語っていました。

皆さん、「辛い」と言う人の言葉は真摯ぬ受け止めましょうね。
聞いてあげるだけで相手の免疫力は上昇するそうですし。

それにしても出来るは限られているんですね・・。
そして最後は背水の陣で常に戦うしかないのですか。
当時はシックハウス症候群って言われてませんでしたっけ?
今はハウスシック病って言われているのですか?
結局は科学物質の問題ですよね。
当時は本当に酷かった。
患者を「神経質」とそうだたきだったように思います。
他人ごとには思えず涙したものです。