2011年9月20日火曜日

武田邦彦:学問で判っていること

学問で判っていること
http://takedanet.com/2011/09/post_f23f.html
(引用)
「いずれにしても、自然現象に関する研究は起こってしまってから解説するのが精一杯で、因果関係を解明できるほど発達していない。生物学と同様、わからない方がよほど多いのである。自然現象は常に連鎖反応を起こしながら進行するので、予測不能なことが多い。これから一体何がおこるのか、正確にわかっている人は誰もいないだろう。」(小林真「菌と世界の森林再生」)



まさに学者が心の底から感じていることを正面から書いておられます。恩師の「整理の学」、「解析の学」と同じで、ヘーゲルの言葉通りでもあります。学問は未来に対して無力です。せいぜい「過去のことを必死になって説明する」ことができるだけです。それが人間の頭脳の限界なのでしょう。

(私見)

私は占いの類が昔から嫌いでした。
理論的に説明出来ないからです。
理論的に説明できないものを闇雲に信じることは危険だと思ったからです。
何故なら根拠がないため、間違ったと気づくまでは猪突猛進になり手遅れになるからです。
なので宗教の類も嫌いでした。
つきあいで受けたことや、何事も経験しないとわからないと、受けたこともあります。
おみくじを引いて、吉だ凶だと騒ぐことはありませうが、本質的には気にしてません。
そんな私に先生がある日言ったのです。
「人間はそんなに偉いのかね。
全て科学で説明できる言える?
そういう考えは傲慢なんじゃない」
と穏やかに諭されました。
「全てが説明できるとは思っていません。
闇雲に信じることが危険だと言っているんです。
だから根拠を示すことは絶対に大切です」

事故を通してつくづく思いました。
こうした私のような不遜な考えが人を一層愚かにするのだと。
闇雲に信じるべきではありませんが、
人が理解できていることはたかがしれているというこを知りました。
自然に対して、謙虚さを学ぶ時期に入ったようです。