2011年9月20日火曜日

武田邦彦:実は、誰も「自分の意見」が無いのか?

実は、誰も「自分の意見」が無いのか?
http://takedanet.com/2011/09/post_6813.html
(引用)

先日、九州に行ったときに、ある人と話がはずんだ。私が「3月11日まで原子力のみんなが1年1ミリと言っていて、0.01ミリに決まったクリアランス・レベルが去年で、たしか今年の2月に電離放射線関係の法律改正もあった。それがとつぜん、3月12日になると、ほとんどの人が180度違うことを言い始めたのはビックリした」と言った。


そうしたら、その人が「どなたも自分の意見がなかったんじゃないですか」と私には意外なことを言われた。なにしろ、国の委員というと東大教授やその手の人だから、普段からうるさいほど「自分の意見」をおっしゃる。その人たちが自分のご意見を持たないというのも奇妙だ。

(私見)

これはある奇妙で興味深い。
「意見がない」というのは正解だと思えた。
どんな人間でも全ての事象を網羅している人はいない。
網羅していない事象に意見などあるはずはない。
つまり、
「わからない」正確には、
「意見を言えるほどの知識は持ち合わせていない」
と答えなければいけないのに、
ベラベラと私のように口が滑るのだ。
野尻先生等は、自分のテリトリーにない知識や情報に対しては
「わからない。どういうこと?」
と丁寧に答える。

言えるほどの知識を得ていないのだ。
知らない自分に気づいていない。
反省する。

謙虚さが失われたのだ。