2011年10月6日木曜日

熊本で震度5強の地震

阪神淡路大震災でも完全なる収束には10年を費やしたと聞きます。
震災後、地震学者の話ではこの規模になると20年から30年はかかると言っておりました。
実際どうなるかは神のみぞ知るでしょうが、阪神淡路大震災では実際に10年かかったということは、かなりの期間、地震を意識して生きることにはなりそうです。

昨夜、我が心の故郷の熊本が5強に見舞われた。仲の良い親戚がいる。
その前に、富山県で震度3が2回、長野では震度5弱と報じられてました。
(予報でしたので実際に揺れたは追いませんでしたが、1回は確実に東京も揺れました)

東京のあの日を思い出す。

親が連絡をとりあっているのは確実だろうから、電波の不要な混乱をさけるため電話は控えている。さきほど親に電話したが出ない。
出来るだけ心を平静に保ち、まずは親と連絡がとれるのを待とうと思う。
個別の対応はかえって混乱を生む。
混乱している現場で外野から連絡があると「こっちはそれどころじゃない!」と思うのが普通の感覚に思う。現場は常に戦場だ。
何か手を差し伸べるにしても、急場が凌ぎ一息つけないとどうにもならないもの。
今は少し待ちたい。

地震:熊本で震度5強=午後11時33分
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111006k0000m040132000c.html?toprank=onehour


こんな日本の状況でまだ原発にしがみつこうという輩が沢山いるのだから驚きを通り越す。
玄海原発は大丈夫だろうか?あそこは福島より脆弱で、危険だと福島第1原発の吉田所長が語っていたように思う。

マスコミは酷いを通り越して犯罪者集団と成り下がっているのでロクに報じていない。
ネットが便りだ。本当はそれでは困る。社会が共有すべき情報は少なからずあるからだ。だが、害である以上は遮断するしかない。

そんなわけだから、基本的に地上波を見るのを止めることにしようと、先日は甥っ子の協力を得て(頼もしい!)パラボラアンテナを設置した。嘘ばかりなら見なければいいし、買わなければいい。消費者の最小にして最大効果をもつ行為に思う。

一部番組を除いて止めるので、週2本ぐらいになる。後はネットで補完でしょう。
勿論、地上波に該当するTV局の衛生は見るつもりはない。
新聞も東京新聞ぐらいしか読むに値しないように思う。
大手新聞社は大本営の言いなりだ。

先日のソフトバンクの発表会でも大手メディアは素人目にみても愚かな質問をしていた。
フリーのジャーナリストの方が質問スキルが高く、的確な質問だったように感じる。
今まで殿様商売をして怠けていたつけが表出されているのだろうか。

地方だからと切り捨てたのか、地震の速報が昨晩ロクに入らなかった。
経済界は風見鶏で脱原発を表明したのは囁かな吉報だったかもしれない。
遅い、鈍い、と言えるが、消費者の本気、本格的危機感をようやく察したのだろう。
日本の経済界も実に鈍いように思う。
騙せるものならギリギリまで騙したいのだろうか。
政界は未だ闇の中。

ネットのある部分では「家族に何かあったら全員ただでは済まさない」という発言があちこちで見られるようになった。ある意味での冷静さを取り戻したのだろう。「そういうことを言ったら逮捕されるから、言わずに粛々と準備したほうがいい」という書き込みもあった。
そんなことをしてもなんの意味も無いことだ。しかし、その気持はとてもよく分かる。彼らの驚天動地の無責任さが一切糾弾されないのは愚かな社会であるように思う。何かあったら自分も冷静でいられるか自信はない。

これが民主主義なのだろうか?民主主義とは支配方法の姿や形を違えた独裁的封建社会に過ぎないのだろうか?命より一部の既得権益の金の方が大事な社会が民主主義なのだろうか?少ななくとも今はそうなっている。