2011年11月28日月曜日

野尻泰煌:歯に衣を着せない

師はとにかく歯に衣を着せない。
今は随分と大人しい表現になったが以前はかなり違っていた。
それを師は、「彼女がそう言わせるんだよ」と表現する。
本質的には何一つぶれていない。

10年ほど前になるがこんなことがあった。

審査員の仕事を依頼されたが断った。
よくあることだったが、それは規模も大きな展覧会に思えた。
私は驚いた。

なぜ?と問う私に。

「審査させてくれない審査員なんて僕はごめんだよ。
駄作に向かって『うまいですね』なんておべんちゃら言いたくないね。
それこそ失礼だよ。
仮に全部駄作だったらどれにも入れない。
これ当然でしょ?」

「そうですが、社会にはそうしたことは往々にありますよ」

「それは審査じゃないよ。だから断った」

「でも・・・名を売る機会になるんじゃないですか?」

と疑問をぶつけると、

「自分に嘘をついてまで名なんて売りたくないね。
そもそも名前なんて売れなくていい」

ある展覧会でもそうだった。海外の依頼だった。

「その展覧会の作品集をみせて欲しい」と伝え、届けられた。
私はその作品集を見せられ、質問をされる。
「どう思うマッちゃん」
ひとしきり見て私は答える。
「自分のことを取り敢えず横へ置いておい言わせて頂きますと・・」
「評論とはそういうものだよ、で?」
「いやぁ・・・ちょっとコレハ・・・・」
「でしょ!?だから断ったよ」
「え?でもいい機会じゃなかったのですか?」
「冗談じゃないよ」
担当者にもそのまま伝えていた。



先生は正直だ。
その瞬間、瞬間、ありのまま答える。

2004年にこんなことがあった。
その内容は、
泰永書展を中心とし、その他止む終えない特定の展覧会以外は一切出さないという宣言だった。

そんな最中にカンヌ国際芸術祭の出展依頼が舞い込む。


その意図は個展に専念したいよいう純粋な動機だったが、タイミングが悪かった。
「どう思う」と聞かれ、
「絶対に出すべきです!!!」と言うと、
「断ろうと思っているんだ」と即答した。
「いや、出すべきですよ先生!!絶対に出すべきです!!」と猛烈に数時間説得をする。
先生は不服そうな顔をしたまま私の説得を聞き、
「マッちゃんがそこまで言うのなら出してみるかぁ。気が進まないけど」と言いその日は終えた。

ホッとするのもつかの間、
後日「やっぱりやめたよ!」と笑顔でバッサリきられた。
食い下がる私をいなし、恒例の議論となった。
その日、「もうこの話はやめよう!」と不満そうな先生を残し帰路についた。

帰り道、私はジタンダを踏みながら、
「奥さんが最後に
『これからは私だと思ってマッちゃんの言うことを聞くように』
って言われたろうが!!
近年稀にみる大切なターニングポイントかもしれないのに・・・
ア4か!!勝手にしろ!!」
と腹を立てながら帰った。

それでも出すことになったのは父君の言葉があったからだ。

普段は全く父君を言うことを無視するのに、この時は違った。
「親父が言うのなら」と不服そうながらも出品を決める。

私は安堵したのを覚えている。