2013年9月20日金曜日

9/20の2:25 福島県浜通りで震度5強

眠りが浅かった為、揺れた瞬間目が覚めた。体感で震度3と思い半身おこし大きくなるか否か見定めていた。東日本大震災の時のように一旦収束しかけていきなり大きくなることもある。大きくなりかけたら即出ようと頭の中で持っていくものを確認する。
「靴下履いてないな・・・仕方ない、靴は足元にあったな。窓の鍵を開けて持ち出し袋をもって」と頭の中で確認しつつ、
「あ・・・スマホがバッグの中だ。しかも充電してないや、仕方がない諦めよう。これから寝る時はズボンで寝るべきか・・・しかしあちこち出っ張りがあるからなぁ・・・」
などと、整理しながら取り留めのないことを考えつつ待った。
静まったので、まずは良かったと震源を確認する。
「茨木かな・・・」と、
ここのところ茨城が揺れているので推測した。
福島県だった。
知り合いのことを思い出した。
震源地にいる。



更に浜通りで震度5強としり、

「あー・・・終わった・・・か?・・・どうだ?まだわからない」

一角の方々の意見では次に震度4以上おきたら倒壊すると言っていた。「そんなに脆い?」と疑問に思いつつも可能性は常にあると頭の隅には入れておいた。ここ数日のことが走馬灯のように流れる。書きかけの作品や健康診断やその際の触診や貰った漢方薬や親のこと。

先日、福一のベントした換気塔に亀裂が少なくとも8箇所発覚したようだが放射線値が高すぎて何も出来ないというニュースが続いて頭に浮かび、それが倒壊する可能性や4号炉の使用済み核燃料のことや、今更5,6号を廃炉にとパフォーマンス的な発言をしていた安倍総理の発言や、そっちの電源は大丈夫か?とか連鎖的に。すると段々と緊張してくる自分。

その時に師の言葉が思い出される。
「連想は妄想しか産まない。妄想は現実と遊離する。必要なのは認識と行動のみ」
まずは座して待つのみであると腹をくくった。
急に落ち着く。
何はともあれ認識のために情報を収集することに。

悲しいことに今では地震が起こると、そのものの影響より原発はどうなった?という意識が大半を占めている。地雷を抱えたまま寝ているような心境とでも言えばいいだろうか。なんとも不条理かつ理不尽な話であるが現実である。
ぼやける頭のまま各地の様子として水戸の映像等を見る。思ったより震度ほどの揺れではないように思えた。Mと震度の割に震源の地盤の関係で規模は小さく感じた。「これなら大丈夫かも」と考えたが、慣れとは怖いもので東日本大震災の揺れが3分と非常に長かったためにそう感じるだけかもしれない。

速報として福一以外の原発には問題がないと情報が入る。1時間もすると福一も今のところ計器類に異常がなくモニタリングポストも変化がないとの一報が入る。しかしそれを素直に信じられるような経緯は311以後経ていない。残念な話である。周辺部の情報を漁るが出てこない。となったら、まずはその情報を前提とするしかないようだ。余震もなくこれ以上は情報がとれそうにないと知り4時頃に就寝、仮眠して朝を迎えた。起きてまず思ったのが、
「あー生きてるって凄いなー」
である。
ニュースを漁るがまるで何事もなかったように日常すぎて逆に恐ろしくなった。
大人はちょくちょく単純なことがわからなくなる。

まずは出来る限り今の時間を大切にしたい。