2014年10月1日水曜日

コラム:インターネットにおける情報の離散集合について

同一情報の掲載問題について昨今ずっと考えておりましたが恥ずかしながら私の中では結論が出ていない状況です。辺境ながらも幾つかのサイトを管理、運営させていただいている身としては考えておかなければいけない問題です。


SEOと検索エンジンの攻防)

SEO(アクセス数を伸ばそうとする施策)の関係で同じ情報を複数サイトにばら撒く件は以前より問題になっておりました。リンクの先の先の先の先は結局消失していたり同じものであったりする件です。Googleの検索技術の飛躍的向上でそうしたものはリストからほとんど排除されるようになってきましたが、逆手にとって複数のサイトに同じ情報を載せることで検索上位に持って行こういう動きがあります。これもかなりの精度で順位が下がるように思いますが、ブラウザを介した検索に一般の方も馴染んだ今となっては意図せず似たような情報がネット上に溢れかえっているのが現状だと思います。

情報の錯綜)

一般の方の結果的な拡散は有益に思うのですが、問題は関係者側として権利関係の問題からやむおえず同じ情報を掲載せざるおえない点です。Webやブログの管理というのは読む側、観る側は簡単ですが管理する側は結構な手間です。すると、どうしても情報にズレが出たり(特に修正が後から入ったもの)、実質用無しに近いサイトが管理されず放置されたりし、結果的にユーザーが混乱してしまうことになります。これは運営側としても望まないものです。

先日こうしたことがありました。

既に用がなくなったサイトの情報を見て時間軸に関係なくその情報を信じていたユーザーが「あれ?これって・・・」と直接お話しを頂戴できました。当初どの情報を言っておられるのか皆目検討がつかず、後で虱潰しに探してみると、私の中では死にコンテンツと考え放置されていた情報でした。そこでは最新の情報に更新してませんでした。こうしたことがないよう ”これが古い情報である” ことが判断出来るよう必ず情報に必ず日付をつけているのですが、このユーザー様は日付を見ていませんでした。

「よかった勘違いか」

一瞬安心しましたが、同時に ”更新されていないから、これが今の情報と思われている” という点に気づき、先述した情報の離散集合について改めて考えさせられました。というのも、そのユーザー様は、該当ページを信用し改めて検索エンジンで調べなかったのです。機会の喪失です。たかがと思われるかもしれませんが、1人いるということは・・・です。

閉鎖から情報の途絶)

では、削除もしくは閉鎖すればいいと考えもしますが、一方で安易な削除も望まれていないのも事実です。最近、非常に有益なサイトが唐突に閉鎖されたりして驚くことがあります。日々訪れるサイトは限られており、重要ではあるものの、必要な時にだけ見たいサイトというのもあります。インターネットの良いところは、ちょっと考えられないような古い情報が拾える点にあるのですが、サイト管理者が事情によっては閉鎖することになり、情報から途絶されることがあります。

特に公式サイトの途絶は非常に困ります。ユーザーのサイトというのはあくまで意図しない無責任の上にある程度は成り立っていると私は考えております。なので最終的には公式情報が頼りですが、その公式が情報を閉鎖してしまうとマイナーな案件などは途絶してしまうことがあります。

離散集合)

情報はある程度整理されてこそ役に立つように考えています。極端な整理も極端な拡散も結局は必要な情報に辿り着きづらくさせているということです。検索リテラシーとでも言えるようなものは驚くほど個人差があるようです。

今回の一件は、改めて情報の整理のあり方について考えさせられました。出来るだけシンプルに、出来るだけ明確に。細かい情報はかえって個々人の能力によって解釈が左右されてしまうので避けた方がむしろいい場合がある、更新が長期間されないサイトは処置を考える等、色々考える機会になりました。