2011年7月30日土曜日

師匠J-WAVEに出演


今週J-WAVEの朝の番組で4日間野尻先生がゲストで出演した。
初日、寝坊して聞けなかったが番組の公式ページにPodcast配信とあったのでダウンロードして聞く。

今ならまだダウンロード出きます。
Podcastデータは永遠にサイト上に残るわけではないので、
ご興味のある方は今のうちにダウンロードしておくことをお勧めします。


ラジオの関係で毎日朝と晩の2度に渡って先生から電話があった。
感想と、放送に伴う変動を知りたいとのこと。
ラジオでも語られていたが、それは「客観性を得るため」というそのものの意味です。
それも作品の糧になると先生。
「一見すると何も関わりがないように思うだろうけど、確実に作品に影響がある」と語る。

自分と関わりのある人に片っ端から聞いて回っているようだ。
肯定も否定もそのまま耳にするのだろう。
先生は常日頃から自分に何か盲点がないか、
足りないことがないか、
琴線にひっかかるエッセンスがないかアンテナをはっている。
その一環のようだ。
私は日常的にラジオを聞くので、
自分なりに理想のラジオ番組のあり方を先生の放送と比較して毎日答えた。

完璧主義という言葉があるが、
その言葉の意味を師ほど遂行する人に会ったことも聞いた事も無い。
単に私の世間が狭いからというのもあるが、誰しもが驚く話がある。
詳細は省くが、それは糖尿病への取り組み方だった。

身震いするほど驚愕した。
「これが完璧という行為なのか」と全身が震え、自らがなんとも幼子のように思えた。
先生は闘病に伴う記述をノートに記していた。
何を何グラム食べたら30分後に血糖値が幾らになったと粒さに書かれている。
使い捨ての血糖値を計測する器具で血液を採取し30分おきに毎日計ったと語る。
話を聞いた段階でも驚愕していたが、
ノートを見た時は形容し難い思いが全身を駆け抜け自然と身震いをしたように思う。


私は「そこまでやって気が変にならないのですか?」と臆面もなく質問をする。
先生は「ならないねぇ」と軽々と答えた。
師は糖尿の闘病も書も同じだという。
もっと言えば「日常も書も同じである」と常日頃から語っていた。
「日常で書の構えが出来ていなければ、筆をとる前から結果はわかる。
 言ってしまえば、その人の日常を見れば作品を見るまでもない」と語っていた。
そして、
「もし私の書法が完璧であれば糖尿も治るはずだ」と語った。
「書の取り組みと、闘病が関係あるのですか?」と尋ねると、
「関係あるもなにも、そのものだよ」と答えた。
「でも、糖尿は治らないと言われてますよね」と私。
「確かに言われているね。でも、それは全てを知ったつもりになっている弊害だと思うよ。
 糖尿になったんだから。治るよ。元から糖尿だったわけじゃないんだから」
筋が取っている。
(後に「糖分が理由で糖尿になっていたら治らなかったかもしれない。私は運がいいよ」と語った。)
そして治してしまった。

日常の構え・・・反省点しか思い浮かばない。
しかし、それはそれで私の人生だと思っている。