2012年2月22日水曜日

野尻泰煌:会話と記憶


道具というのは世代によって全く異なります。
「当たり前じゃない」と思いますが、
実は普段は当たり前に捉えられていないようです。
それぐらい当たり前なんですね。
当たり前とは、気づかないぐらい当たり前ということだと最近思います。
歌にもありましたね、自然と感じる不自然、みたいな。

私は年齢差がある人との会話は凄く好きで、ちょっとした知り合いになるとガンガン話しかけてしまいます。
上でも下でも差が大きいほど好奇心をそそられます。
そこで感じるのは、「こんなに認識が違うのか!」ということです。
そこに感動するので病みつきになっています。
特に無口な人の世界は尚更に興味深いですね。
無口な人ほど、ある種明確な世界観をもっていたりします。
本人では気づいていないようですが。



人は会話とともに、
封印されていた記憶を発掘することが多々あります。
これは会話でなければなされないといっても過言ではありません。
私は昔から人の経験談を聞くのがもの凄く好きで、根掘り葉掘り聞き出し、本人が忘れていた記憶を掘り起こすことも多々あります。

お世話になっている社長からも、
「他人の旅行話をここまで興味深く聞く人は珍しいね」と言われたり、
結婚した夫婦からも、
「他人の結婚式のビデオをここまで楽しそうに見る人はいない」と言われたりします。
私からすると、
話そのものに興味があるというより、その人の感動に興味があるという感じでしょうか。
ツマラナイ旅行であれば、なんでつまらなかったのか、どこをツマラナイと感じたのか、逆の意味での感動のなさ加減に感動してしまうという感じです。

端的に言えば、「面白い」んです。

他人様の話というのは、
下手な映画やドラマよりバラエティーより何倍も面白いです。
何せ、実話であり、実体験であり、実感動です。
そしてその登場人物が目の前にいる人ですから。
興奮してしまいます。

記憶というのは一度インプットされると基本的には忘れないようです。
その記憶領域に到達するコントロールが失われるだけなので、
記憶そのものはあるけど辿り着けない。と、脳の本で読んだことがあります。
コレってまんまパソコンに当てはまりますよね。

今中核となりつつあるSSDなどは、
記憶領域の大きさよりもコントローラチップの問題が浮き彫りにされております。
パソコンは人間を模倣しているに過ぎないわけですが、
アプローチは違っても、結局到達するところが同じという面白さが垣間見れます。
SSDも記録エリアが壊れていなくても、コントローラチップが壊れたら全く読めなくなってしまうようです。

人間もそうかもしれません。

両親ともよく話をしますが、今年の正月には当人達も忘れていた子供たち(私も含め)出生の秘密を聞き出せました。
勿論会話というのは生き物ですので、聞き出そうと思って聴きだすことは出来ません。
サワサワしていたら結果的に芋づる式に出てきたわけに過ぎません。
その結果、過去の両親の謎反応が解き明かされたりします。
「それで当時あのリアクションだったんだね!!」と理解できたりします。
「なんだよ!やっぱり嘘こいていたわけかw 出来過ぎた話だと思ってたんだ」と今だから笑えたりします。

そこからまた会話が更に深くなって、
祖父の話に発展し、祖父が当時の企業で火力発電所の所長をやっていたという驚くべき事実を知ったりしました。当時は一私企業が各々に発電施設を持ってたんですね!!GHQとの攻防などがあったようで相当大変だったようです。中には、母も忘れているのか、もしくは本当に初めてなのか「なにお父さん、そんな話初めて聞いたわよ」といったことも。

いやー驚きました。

その感覚で師のお父さんとも毎回1時間は懲りずに喋ってるのですが、
先生は良い顔をしません。
話している最中に私を連れていってしまうこともあります。
先生としては、
「記憶というのは過去だから聞くだけ無駄なんだよ。
そもそもが記憶というのは事実と異なるし。
聞いたところで観念しか生まないから。
適当にしたほうがいい」
ということのようです。

そのような最中、やっぱり面白いもんだからつい話てしまいます。
先日は暖房機に関する世代間ギャップに驚きました。
「石油ストーブってほんとうに暖かいですよねぇ」と話すと、
お父さんはあまりピンときていないようでした。
「おや?」と思い、「子供の頃はどんな暖房機でした?」と伺うと、
「勿論ストーブなんてなかったよ。火鉢まではいかないけど七輪とかさ」
「時代が違うぅっ!!」(*´∀`) うひゃタマラン


当時はそんな状態で学校とかあったわけなので、
どうしていたのか?やはり疑問に思ってしまい聞くと、
「当然学校には暖房機なんて全くないよ。
皆ガタガタ震えているでしょ。
すると先生がこう聞くんだ。
『寒いか!?』
『寒いです!!』
『そうかわかった。
じゃー全部脱げ!』(女子以外はパンツ一丁になる)
と言って、乾布摩擦するんだ。
暖かくなるよー♬」
「それだけ!!!」(`ェ´)ピャー
「それしかないからねぇ。
もしくは校庭に出てランニングしてから授業を再開したり、
日向に出て素っ裸になって校庭に横になるとかかな。
休み時間なんて、皆外に出て校庭で横になったもんだよ。
教室は日が照らなくて寒いから」
「なぜ裸!?なぜ横に!?」
「日が直接あたるから暖かいんだよ。
横になると、陽のあたる面積が増えるでしょ」
「ひぃぃぃぃ!そこまで切実!?」

いやはや会話というのは興味が尽きない。

先生のお父さんは侍の家系だそうで曾祖父さんは旗本だったようです。
お父さんの祖父から聞いた話として聞いのが、
上野の山で官軍に囲まれた老侍の話です。実際に子供の頃に目撃したんだそうです。
これは聞いててドキドキしましたねー。
下手な大河ドラマのレベルじゃないですね。

当時はもう刀をもつ人はいなかったんです。
ましてや斬ったことなどないわけです。
それを斬ったことがあるであろう真っ白な白髪の老侍が鉄砲をもった官軍に周囲を包囲された。
それを見ちゃったんですね。
この時点でまるでマンガですよ!!
ドキドキしながら少年が見守ります。
官軍が「投降しなさい!でないと発泡するぞ」ってなわけです。
官軍数十人。
相手、老剣士ただ一人。
微動だにしない老剣士。
すると当たり前のようにスラリと剣を抜いたんですって。
ざわめく官軍。
少年はみててチビリそう。
官軍は口々に「打つぞ!」と銃を向けて威嚇するわけです。
抜いたままピクリともしない老剣士。
ずずいと前へすり足で出ると、官軍はザワザワーっと後退。
そうした状態のまま数時間膠着したんですと。
最後には官軍が逃げ出して終了。
老剣士は何事もなかったように納刀して、当たり前のように官軍が走り去った方へ歩いて行く。
少年はホッとすると同時に逃げ帰って一部始終を親にいい、生きて返ってこれただけで良かった、危ないことをするんじゃないとしことたま殴られ、逆さ吊りにされたとか・・・。あれ?逆さ吊りは別な件かな。

ま、そんな感じなわけです。

実際に斬っていた人の剣は抜いた瞬間にわかるそうなんですね。
慣れているから。
道場の剣とは違うそうです。
それぐらい当たり前になっている老剣士と、
訓練はされているだろうし、持っているけど斬ったことがない若い官軍の差は気骨が違うんですね。
いやーチビリそうですねぇ。

面白いって言ったら不謹慎かもしれないけど凄くないですか?
会話は面白いですね。
まー先生には出来るだけ適当に聞くように言われてますけどw
先生の仰ることも間違いなく一理あります。
過去の話しはある種の観念ですからね。
そういう意味では聞かないほうがいいのかもしれませんが。